生年月日 不明 岡山生まれ
犬種 ドーベルマン
性別 牝
地域 岡山縣
飼主 松井猛氏
拝啓
陣者去る二月九日付をもつて軍に補充され、同十五日當部隊に配属されし軍犬ドーベルマンピンシエル種
犬名 ブランカ(フオムハウスチクサ)
登録番号(DKZ)第一六四六
元岡山県和気郡 松井猛氏愛犬
は長途の輸送と機構激変により、抵抗力を失ひ、上陸當時より衰弱の一途をたどり、それが原因となり、ヂステンパーを併発いたし、去る二十三日午前一時つひに東亜永遠の礎として大陸の土となつて仕舞ひました。
今迄松井氏には、何等病気の趣は報告してないのです。
同氏の手許に有つて出征直前迄我が子の様に可愛がつて居られたらしい同氏の胸中を思ふ時、どうしても御知らせする事が出来なかつたのですが、事此処に至つては何とする術も有りません。
此の手紙と一緒に松井氏にも逐一御知らせいたしました。
氏の御心痛を思ふと實に御気毒にたへません。
係の兵もつくせる丈けはつくしてやり、其の霊をなぐさめてやるべく墓も立派に造つてやりました。
死亡當時の様子は、私の日記より摘出して同封しておきます故、御一読下さい。
小生等も銃後皆々様の御後援に依り、軍犬と共に元気一杯聖戦目的達成のため、御奉公申上げて居ます。
今後共何分の御指導御援助下さいます様、北支陣中より御依頼申上げます。 草々
三月二十八日
北支派遣○○部隊 ○○部隊○部
三宅弘
(同封日誌)
上陸以来(二月十五日)衰へて居た銀明號がヂステンパーにかゝり、とう〃死んで仕舞つた。
今日の日記に書くのは當を得て居ないかも知れないが、床に入らない内だから今日の分にかき込んでおく。
正しく云へば銀明が息を引き取つたのは、二十三日午前一時頃だつた。
朝起きて見た所、銀明の様子が変だつた。今迄ヂステンパーで毎日ミルクばかりやつて居つたので元気な姿などとは思つて居なかつたが、餘りの変り方に驚いた。
昨日迄は可成り元気で犬舎の外で遊んで居た。此なればもう大丈夫と思つて居たが、見れば居眠の様にこくり〃と頭を前に下げて居る。
たゞ事でないと思ひ上等兵殿に報告し、上等兵殿から獣医官殿に云つて、今日一日だけで注射を六本ばかり打つたが、日毎喜んで喰つて居た卵も喰はなくなつて仕舞ひ、夕方頃から體温がだん〃下つて來だした。
八時の點呼後すつかり危篤状態になつて仕舞つた。
犬舎の前に銀明號を自分の作業着に巻いてしつかりと胸に抱き、男泣に泣いて居る上等兵殿の姿が私には神の様に見へた。
自分今日が日迄で毎日食事をやつて可哀想だとは思ひながらも顔に出さなかつたが、上等兵殿を見た時一度にせきを切つたかの様、とめ度なく熱い涙が頬を傳つた。鍋谷少佐殿に御願ひしてやつと上等兵殿に暖炉のそば迄つれて來てもらつた。
が、上等兵殿にはしつかりと銀明號を抱いた儘離れ様とはされなかつた。
そして銀明號は上等兵殿に抱かれた儘暖い暖炉の邊で一時つひに息を引取つた。
軍用犬らしく軍服に包まれ満足気に死んで行つた。
思へばお前も可哀想な奴だ。上陸以来氣持の好い日は一日も無かつたゞらう。が仕方がない、あきらめて呉れ。何も御國のためだ。
前の主人からも慰問の菓子も送つてもらつたのだ。
お前も御奉公し様と思つて故國遠く離れ此處迄來たのだつた。それ丈けでもう御奉公が出來て居るのだ。
心やすらかに此の大陸に眠り、我々の働きぶりを見守つて居て呉れ。
朝、銀明の葬式をする。
陣中の事故そう立派とは行かないが、真心こめて送つてやつた。
銀明ヨ、お前も東亜建設の礎となつた。
お前の御主人も此をきいたならさぞかなしむ事だらう。然し安心せよ。
きつとお前と二人分の御奉公は此の僕が引受けた。
安らかに眠れ。
お前の事は、一刻も早く知らせてやりたいが、軍務多忙に手紙がかけない。許せよ。
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拝啓 春暖の候皆々様には御変り有りませんですか。
一寸御尋ね申上げます。
當地にても見渡限りの畑には、青々と麦は伸び、我々も重き防寒着を脱ぎ班員は無事なるも、唯一つ此處に悲しき報告を致さねばなりません。
それは岡山縣和気郡松井猛氏愛犬ブランカ・フオム・ハウス・チグサ、軍名銀明號の陣没せし事であります。
其のくわしき事は班員三宅より報告申上げます。
小生よりは無言の写真と○○攻撃の際の新鋭犬岩月號三宅一等兵の勇姿、永幡部隊長殿○○攻撃の差異一寸の閑に写されし時、隊長秘蔵部下ビネー號勇姿三葉送付申上げます。
末筆乍ら皆々様の御隆盛を祈ります。
元○○部隊
○○部隊○部
寺坂四郎
昭和14年
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ブランカ・フォム・ハウスチグサDKZ1646(軍犬)
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