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Channel: 帝國ノ犬達
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天津水害と犬

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天津の水害は内地では當低想像も出来ない位非道かつたものゝ様である。
當會員水野氏は水害のため全産仔三殺除した。
以下同氏の涙の便りを原文のまゝ転載させて頂く。
数日後、この胎仔の母親Vienne號は遂に手當不十分のため斃れたとの御報告があつた。
深く氏の愛犬のため悲しむ。

全産仔殺除理由
六月三十日交配、九月一日出産豫定にて母体の妊娠状態も良好なれば、好結果を期待致居候處、八月二十日午前十時、突如として大洪水襲来。
数時間にして庭園、犬舎は元より家屋の階下をも没する始末にて飼育三成犬を取敢ず家族と共に二階へ収容仕り候(弊宅は天津郊外に所在す)。

其後外界とは往来の方法なく、両日を過ぎずして一家は食糧難に襲れ、妊娠犬を始め他の二牡犬も食料は勿論のこと飲料水に事缺く次第と相成候(洪水の水質は日を経るに従ひ溝水の如くなり、不潔、悪臭絶へ難きものあり)。
従つて分娩日間近き妊娠犬の衰弱は刻々目立ち、胎児の発育よりも母体の栄養と生命の保持を案ずるの困窮状態に立至り候。

之の間、戸板窓枠等にて作りたる筏に棹さしては町々を廻り、食料の買出しに努めたるも牛缶一個も見當らず、八月末日頃には飢餓に迫れる家族と三頭育犬の内一頭たりとも(アヤツクス)引連れ、英佛日各租界を横断して停車場付近へ避難せんと決意仕候(汽車は不通ながら停車場前方埠頭より避難船出帆の由を風聞す)。

然れ共、一方胎児を抱きて飢んて苦しむ妊娠犬を見捨てんことは愛犬良心の許す所に非ず。
尚又分娩も一両日の内なれば、出産を見届けたる上、避難せんと家族の意見一致。
待つこと三日の九月二日午前牡二牝四(内牡一死産)を辛じて苦難致候。
されど産仔の発育不良は言ふに及ばず。
母体は五頭は愚か一頭を哺乳すべき余力もなき程衰弱致居り、牛乳や粉ミルクの入手は望みなく、乳母犬などは夢にも発見不能の水地獄の一軒家。
如何せんと数時間頭を抱へて考慮の末、一には母体を救ふ為、一には何れ旬日にて斃れるであらう産仔の苦しみを省かん為、心を鬼にして全産仔を殺除致候。

その後、十日を経たる今日、遂に犬の為に避難もせずガンバリ通した甲斐ありてか、水勢は次第に低減し、食料も不足ながら入手可能と相成り、成犬牡二頭を始めヴヰーネも漸く生活力を回復しつゝ有之候故、此段御安諸給り度候。

右不取敢「全産仔殺除」理由御報告申上候
九月十三日
水野虎男

昭和14年


水野さんは、カイゼルのお話 で登場した人です。


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