私もこの犬の飼料に困つて居る一人でありまして、米が切符制度になつてからは、少人數の拙宅では犬の米が不足して、それを如何なるもので補充しようかと迷つて居たのであります。
そして一時は麦を多量に混入して見ましたが、これは消化不良の為め下痢を誘發する。うどんも一時はやつて見ましたが、それだけでは腹が空くらしい。
勿論副食物は相當のものを與へて居りますが、今まで米が主食物であつた犬としては、やはり少量と雖も米を混入してやらねば氣が済まぬのであります。
そこで、人間の方も代用食を攝ることにして、一人當り何程の切符制度配給米の中から、犬の米だけ浮かせることを考へました。
それでどうやらこうやら犬に毎日米食を與へることが出來る様になりましたが、しかし犬の健康状態を見ると、以前に比較してぐつと落ちた様である。
猟期は真近く迫つて居ります。猟人として力と頼む愛犬の栄養が衰えるのを、どうして見て居られませう。種々と副食物や米に混合する代用食品をあさりましたが、これはと思ふものはありませんでした。
ところが前號に、米ヌカを混入することが説いてあつた。米ヌカは昔からカツケの薬になると云はれて居る。即ちヴイタミンBの含有量が多い物であります。私は早速とそれを試みようとしましたが、待て暫し、何時か或る人にこれは良いと勧められて、或る駆蟲劑を與へ失敗した苦い経験がある。尤も米ヌカなれば薬の副作用の様に恐ろしいことはないであらうけれども、先づそれを少量試用して見て、その結果によつて常用の用意をしようと思ひました。
ところが、近頃米は七分ヅキであるから、米ヌカは米屋にも不足して居る。それを田舎の人に頼んで漸くのこと手に入れた。
そして或る日これを熱湯の中にブチ込み、かきまぜて居るのを見た女中が「それを犬におやりになるのですか」と訊ねるのであつた。日頃から女中に「犬を大切にせよ」と申付けてある。
我輩の大切な愛犬に、如何に近頃の米不足とは云へ、ヌカを與へるとは云ひ渋つたけれども、今はもう背に腹はかへられぬのだ。
それで「そうだ」と云ふと、平素口數の尠いその女中が「妾の家でも牛に米ヌカをやります。他の家の牛は大概麦ヌカですが、父さんが牛を可愛いがるので妾の家では米ヌカのみです。米ヌカを牛にやると、麦ヌカをやるのと違つて、毛が艶々として、シツトリとします」と云ふのでした。
香月生「犬の配合飼料」より 昭和15年