犬と猫、秀吉と家康との如き對比だ。
犬の怒號は三軍を叱咤する秀吉の嚮声の如く、猫の眼光は大坂を狙ふ大御所の眼のやうだ。
彼に盗賊を嚇すの勇あれば、此に鼠を捕ふるの智がある。
その勇も時に早りては兎を逸して主公のステツキを被り、その智も過ぎては魚を盗むで下女の追撃に會ふ。
家庭の両雄の優劣は判じ難いが、僕は因循なる猫将軍より快活なる犬関白を好む。
其の用多く、且功大なるが為に。
猫が芋の端を盗む鼠を捕へるのと、犬が秘蔵の衣類を盗む盗賊を叱り退けるのとは、素より同日の論ではない。
雪に凍えた旅人を救ふアルプスの犬の如き働きは、僅かの寒さを炬燵の上に避ける猫共の及びも付かぬ所だ。
雪の朝、車の先を引く犬も有れば、凩の夕、羊を追つて帰る怜悧な牧羊犬もある。
警察犬が犯人を追ふ爽快な様は、活動写真で大喝采を得て居るではないか。
白瀬中尉も勇猛な樺太犬によつて、軈て南極の氷上に日章旗を立てるだらう。
鼠を捕るより用のない猫よ。有用なる犬を見て、愧ずる所はないか。
岡山縣児島郡
藤原律太 十四歳九箇月
自作證明者 父・藤原勲
評
非常に大人びた筆つきです。首尾が一貫して居たら、更に一層好い文となつたでせう。
明治43年の「犬と猫とは何れが有用か」より、第7ラウンド。
文中に出て来る白瀬中尉の樺太犬ですが、同年の南極へ向かう船旅で全滅。
犬を補充した白瀬隊が南極への上陸を果たしたのは、コレが書かれてから二年後のことでした。
白瀬隊の犬以外にも牧羊犬やアルプスのセントバーナード、警察犬なんかが登場していて、藤原君の犬好きっぷりが分りますね。
……アレ?
警察犬?????
ちょっと待て!
何で明治43年の日本で暮していた少年が警察犬を知ってるの!?
ヨーロッパの警察犬について我が国で報道されたのは明治40年前後。
明治43年は、台湾総督府が警察犬11頭を初めて購入した年です。
警視庁が警察犬の配備を開始したのは大正元年のこと。
日本本土に警察犬が存在しなかった時代、活動写真で警察犬が紹介されていたとは!その活動写真のタイトルは何だ!?
知りたい知りたい知りたい!あああああああああああああ!
現代から100年前へ電話が繋がればいいのに……。
もはや藤原君の犬猫論などどうでもいいです。
自分にとっては日本警察犬史を塗り替えるかもしれない、今年最大の発見となりました。
そんな感じで第八ラウンドへ続きます。
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明治犬猫論争☆第七ラウンド
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