終りに犬が盗まれたり行方不明になつた場合の手配について御注意を申上げます。それはこの頃流行のシエパードの如きは、外見上の特徴がないので、捜索願があつた時にも、警察の電報では電文が簡単で特徴が捉へ難いものですから、高價な犬は寫眞を撮つて置き、最寄の巡査派出所や警察署又は犬の繋留場其他鐡道關係、若しくは畜犬商等に配布の出來る様に、常に用意して置くことが必要であると共に、それは愛犬家としての當然の義務であると信じます。
警視廳衛生部獣醫課・犬の相談主任 荒木芳藏『近頃被害の多い畜犬の盗難豫防』より 昭和9年
狡猾卑劣なペット泥棒にも一定数のマヌケな者が混じっておりました。何を血迷ったか忠犬ハチ公を連れ去ろうとした輩は、あまりの有名犬ゆえ犯行途中で通行人に取り押えられております。
最大の捕り物となったのが、昭和10年のダックスフント盗難事件でしょう。
荒木獣医師がペット泥棒対策を指南してから一年後、立松懐清氏が飼っていたダックスフントの「デューク」が盗まれるという事件が発生。 警察への通報と同時に東京府一帯のペット商や鉄道へ監視網が敷かれ、転売することも東京から持ち出すこともできなくなります。当時は珍しかったダッスクを連れ回す男として速攻で身元も判明し、犯人宅へ立松家が乗込んで愛犬を奪回するという結末となりました。
戦前の段階で、これだけ高度なペット泥棒対策が完成していたのですね。もっともコレは、お金持ちの愛犬に限った話でありました。
庶民のペットは迷子になろうと三味線の皮になろうと、その行方を調べるのは難しかったのです。
放し飼いがなくなった戦後期は、ペット泥棒や狂犬病感染の数も激減。そして迷子犬情報が広域・高速で拡散できる情報化社会の到来は、人と犬との関係にとっても良い結果を齎すのでしょう。