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Channel: 帝國ノ犬達
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太郎(軍犬)

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生年月日 不明

犬種 不明

性別 牡

地域 群馬縣

飼主 田中さん

 

病後の僕はとある夕方、散歩の歸路、二十人ばかりの行進に出あつた。手に手に小旗がうちふられてゐたので、出征だなと思つたが、よく見るとそれは軍用犬の出征だ。

しかも二年前までお隣に住んでゐたので、その犬にもひいてゐる人にも覚えがあつた。

「あゝ田中さん、太郎の出征ですか。どうもおめでたう御座ンす」

「やア戸枝さんか。はつは。太郎にお召しが來ましてネ」

田中さんは僕に答へ、いかにも嬉しさうだ。

赤茶けた毛の胴いつぱいに日の丸を巻きつけて、背中よりも耳よりに、一本の日の丸を立ててもらひ、太郎はゆつくりと歩いてゐる。その傍にくつついてゐるのは田中さんの一人息子の、昌坊である。

「ねエ太郎……、ううんねエお父さん、太郎でも大将になれるの」

昌坊は歩き乍ら、いろんなことをお父さんと、犬の太郎に話しかけてゐる。

往き來の人たちは足をとめて、萬歳、萬歳と叫ぶ。すると太郎は、長い足をぴくぴくさせて、田中さんの顔をみたり、昌坊の手をなめたりする。

僕は早く歸つて横になりたかつた、さつきまでの疲れも忘れて、出征軍人のときとは別の感動を覚えながら、その一團の後を追ふのであつた。

 

桐生市 戸枝米太郎 『慰問短文・太郎の出征』より 昭和19年

 


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