予ハ本年九月二十二日に於てアルジエール（地名）より壱疋のフオツクス・テリア・ドツグ（犬の種類の名）を得たり。同犬は殆んど四才位にして其全年ハアルジエールに生活せり。
予の此犬を見し前三ヶ月に於て或る寄生蟲が皮膚を穿通して顕れ出たるを聞けり。又之が爲め種々の療法を試みたれ共効なく遂に予に寄送せる事とはなれり。
予は此犬を得てより始終りの動静を注意せしに甚だ好んで水中に入り或は霧の深き朝なぞは事に草地に至りて転々横臥せるを見たり。
而て可なり肥肉なりと雖共食慾ハ切なりし。尋常の殺虫薬は一も効なかりし。
アレカナツト丁幾（壱と八の比例）を注入せり。
その後凡そ十分餘を経て寄生蟲は種々の部分より外部に這出せるを見たり。即ち股の内外面、前脚、下腹および唇並に鼻翼より出たり。
此の寄生蟲が体の外部に出しときは最早その犬ハ非常に虚脱して起居もならざる程なりし。
遂に十月十日に病没せり。
死後剖見（此際はドクトル・スチユトソン氏補助せり）ハ次の如し
心臓ハ甚だ肥大せりと雖も、尚ほ機能ハ健全なり。
腸胃肝腎および肺ハ全く健全なりし。
寄生蟲の這出せし傷跡は前後肢の内外面、下腹および唇鼻に存ぜり。又同寄生蟲ハ諸筋および皮下に存ぜるを見たり。
予は寄生蟲の再検査とその存ぜし有様を確めんがため死犬の一脚を英國獣醫學週報記者に寄送せり。又此蟲の平均長さハ殆んど八より十應その横径ハ犬の通例の条蟲のものゝ如し（但し肉節はなかりし）。
盖し皮膚にハ一種の刺戟を起せしなれ共、大なる割合にては至て僅かなるものにおもわる。
記者曰くドクトル・ジヤコブ氏の寄送に罹る寄生蟲ハ學問上有益のものにして且つ稀に聞く所のものなれば、謹んで氏に感謝を表す。
同蟲ハ盖しグヰニア蟲（※ギニア虫のこと）にしてアフリカに於て人体外科醫の常に唱ふる處の者の如し。予ハ亦此患脚を王國獣醫大學校に送付し、學生の参考品に供せり。
ドクトル・ジャコブ氏述「犬の皮下蟲」より 明治25年
ではこのような軍用犬は現在日本に充分居るかどうか、列強のそれと比較して申上げたいと存じます。
欧洲大戰に於いて軍用犬が如何に大量に又有効に使はれたかは前に一寸申上げましたが、現在列強に於いてはどうでありますか。第一にソヴエートでは軍用犬の計畫的蕃殖並びに訓練は總て國軍に於て爲され、國境地方には實に驚くべき多數を配置してゐるのであります。
餘談ですが、私の手許に一九二六年でしたか、一寸その年號は記憶致しませんが、ソヴエート政府に依つて發行せられた一冊の繪本があります。それは軍用犬の重要性を小供にもわかる様と歌に依つて説明した色刷の小冊子でありまして、國家の總力を擧げて生産手段の工業化に邁進していた第一次五ヶ年計畫の最中にあつてもこの方面にこれだけの力を入れてゐたと云ふ事はむしろうらやましく感じた次第であります。そして極東武装化にやつきとなつてゐる現在、ソ聯の軍用犬が如何に強大なものであるかは想像に難くないのであります。
（中略）
翻つて我が國の現状はどうでありませうか。我が國で軍用犬が軍に於いて研究を開始致しましたのは今から約二十年前でありますが、民間に軍用犬の資源が植えつけられたのはほんの數年來の事でありまし て、勿論その後急速の進歩を見てゐるのでありますが、何せ原産地で數十年の鍛錬を経て來たそれと數にしろ質にしろ比肩し得ないのは止むを得ないのであります。
坂本健吉陸軍少将 JOIK札幌放送局『現代戦と軍用犬に就いて』より 昭和13年9月22日
捜索戰例
一、犬名 「アックス」號
二、所属部隊 〇〇部隊
三、年月日及場所 昭和十八年九月二十一日 於湖北省蒲折縣羊樓司
四、事實の概要
九月二十二日十八時、保甲長より、便衣着用装備軽機二、他は小銃を有する約一五〇名の鐡道爆破隊は、本二十一日前半夜第五號橋梁（羊樓司車站西方約一、八粁）附近鉄道爆破を企圖しありとの情報を受け、第六分哨長奥山兵長は依田上等兵以下四名に軍犬アツクス號を連行せしめ、二〇時二〇分第六分哨出發。
第五號鉄橋北方約三百米前進せる際、軍犬アツクス號は前方約三十米に潜伏しありたる五名の爆破隊を發見し、之に猛襲し内二名に頭部と肩部を負傷せしめたり。
軍犬の猛襲により、敵影を發見せる斥候は直ちに射撃し、寸時二、三名を射殺せり。
後方にありたる敵援護隊は、軽機二を以て射撃し來るも、友軍は第五、六分哨よりの増援を得、二一時二〇分敵を西北方に撃退せり。
軍犬アツクス號に依り我に損害なく敵の企圖を未然に防止し得たり。
支那派遣軍軍犬育成所「軍犬使用戰例」より 昭和19年