“忠犬ベル公逝く”
犯人検擧で賞を受ける事六回、主人朝倉壽氏をして警視廳警察犬係に抜擢の機縁を作つた名犬ベル公は
十三年の壽を全して、去る十月三日永眠した
昭和13年
本人は女子と生まれて兵隊さんとなれぬため、事變勃発後自分の貯めたお金で二百圓でデンケルを買求め、一般の女性はキラビヤカな衣服を着飾るにも拘らず、其のお金で愛犬の飼料に當て、デンケルを愛育し、父親の鎌次郎氏が犬を嫌ひのために家人に内密に(KV)會員に加入、一時は会誌の届先をデンケルを求めた佐藤兵一氏方へ配布を乞ひ、愛犬の飼育等の参考となし、苦心飼育し展覧會にも數回の入賞もした。
此の愛犬が成育してより他より高價に求むる人々があつたが、絶對に之を斷り相手とならず、献納の機會を見てゐたのであつたが、十月三日名古屋支部にて行はれる軍犬購買時に献納を思ひ立ち、支部を通じ検査を受けたのであつたが、最優秀犬としてパスし、購買官よりは殊の外の賞詞を受けたのであつた。
○月○日愛犬の頸に千人結びをつけて一家総動員は勿論、近隣の方々に送られて、デンケルは勇躍壮途に上つたのであつたが、その惜別の状は涙なくしては見られぬものがあつた。
くに子さんとしては、只愛犬と別れる悲しみと云ふよりも、デンケンが丈夫で立派に活躍してくれと祈る心で一杯であつたであらう。
愛犬を送り出してよりくに子さんは毎日氏神へ日参、デンケルの武運長久を祈りつつあると聞くが、洵に娘盛りのくに子さんの行爲は銃後の女性の範とする事が出来よう。
又此の間デンケルを育て上げる迄には家人のいやがるため、その飼育に當つてはどれだけ苦心を重ねたではあるまいか。そして又、此の行為に就ては本人は一言も語らざりしも、知らず〃人の知るところとなつたと云ふ。洵に美しい話である。
「軍用犬献納美談」より 昭和17年