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Channel: 帝國ノ犬達
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仔犬育成日誌抄(一日目)

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一月十日(一日目)
宗號の室で赤ん坊そつくりな鳴き声がする。
昨夜寒冷の中で産んだものらしい。嬉しい反面不安をもつて這入つて見ると可愛いやつが六匹重なり合つて、暗室の世界から現世へ出た歓喜の躍動をしてゐる。
「産みました」と班長殿に報告すると班長殿もとんで来る。牡六匹、牝二匹と言ふ絶好の成績である。
班長殿は「宗よ、やつたぞ」と言はれてしばし頭をなでるをやめない。
宗の母さん振りも實に立派だ。自分が行くと何物かを求めるやうに哀願の眼つきをする。仔犬は乳房にとりすがつてゐる。
そのうちに教官殿も来られる。みんな嬉しさうだ。
寒冷中だからと云ふので教官とも相談して夜も暖いやうに自室で飼育する事にする。
一日牛乳六本、生卵五個を母犬にあたへる。夜は兵交替で不寝番、二十度前後の温度を変化させないやう留意する。
班長殿が「まるで人間以上だね」と云つて笑はれた。
去る上海事変に於て抜群の功績を樹てゝ最高勲章たる甲功章を授けられてその名天下にかくれなき英智號の孫だ。
立派に育てゝやらなけりや今日様に軍犬手としての申訳がたゝない。


陸軍第十一師團司令部軍用鳩犬班
掛兵 上等兵 上原千畝 
昭和11年

あの英智の血をひく仔犬の育成日誌。ポコポコ抜けつつ2月8日まで続きます。
軍隊で仔犬が生れた際のてんやわんやが記されていて、これはこれで面白いですね。
歩兵学校で生れ、善通寺師團へ移管され、第一次上海事変に従軍し、帰国後に甲功章を授与された英智。
彼がフィラリア症の悪化で死んだのは、この日誌から半年後の7月19日でした。



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