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Channel: 帝國ノ犬達
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11月25日の犬たち

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第三日目。

昨日と同様、只三十九度餘分の體温と結膜の充血あるのみにて、何等これと云ふ症状なし。食慾と云へば三度與へる相當の食事を殘すなく平げて、むしろ健康犬より多く食べる感あり。血色は鮮に、充實した脈時にふれ、強き心音をきく。

さて如何なる病氣にや。若し之をテンパーと假定すれば、未だ済んで居ない九ヶ月のB號と九十餘日のC號が狭い庭に、一緒くたに遊んで居たのだから感染はまぬがれまいと、少なからず不安であり憂鬱でたまらない。

A號病みて第五日目、C號から條蟲の片節が出たのでM醫に相談もせず、駆蟲す。

出たは出たは、瓜核條蟲が十數條。C號は駆蟲後、粘血下痢便が續き、秋の山の如く目に見えてやせる。

一方A號の病状は、早慶戰の様に、その豫後の判断つかず、更に進退なし。

C號は駆蟲後十二日目に、またまた條蟲の片節を出す。検便の結果、回蟲も相當に居れど、榮養がうんと衰へて居るにより、急激なる駆蟲はさけて徐々にせよと、M醫に云はれたが、蟲を出してやつたら、どんなに楽になるだらうと、翌朝五時に起きて四塩化炭素とカマラで駆蟲する。成熟した回蟲が十一條出た。これでさつぱりしたらうと氣持がよかつた。

浅田さんのイラーが死んだと云ふ電話があつた。病犬を持つ小生の神経が尖つた。

C號はこれから黄色の鼻汁を出し、いよいよテンパーなりと自ら診断す。而れども結膜は貧血して白く平熱で、元氣はあつて小生を迷はす。

A號既に二十二日の稽留熱、C號重態、B號亦健康ならず。わが心むしやくしやに乱れる。

皆ヂステンパーと決まれば獣醫が來た所で、何せん、只、對症療法だけで結局は運と時期をまつにあるのみと、自ら判じて醫を招かず。

一家一同全力をあげて看病につくす。一日に二回三回と各犬にユタンポをとりかへてやる姿は涙ぐましいものであつた。

病む犬に抱かすユタンポ夜な夜なの

こもるこゝろも犬はしるらん

小用に庭へおりて行く、A號のドンヨリとした眼に、咲きほけた山茶花がチラリと散る景色は、自ら涙をそゝるエレヂーであつた。

A號發病して二十三日目の朝、生後三ヶ月頃ボール遊びに一寸いためた左後脚をひきづつて、地につけず時々ピクリピクリやつて居る。

おや!神經へ!脳へ!私の脳が痙攣を始めた。

加之、C號の口唇、歯齦、腹部のチヤノーゼ物すごく、全く血の色なし。春四月、愚息嵐が疫痢で危篤に陥つた時の形相を思ひ出して心おのゝき生きた心地せず。

嵐文『ハツピイ、エンド』より  昭和7年11月25日

 

犬

 

十一月二十五日のことである。
金澤市材木町米屋宮谷喜久次さん方へ、赤毛日本犬(牡)が迷ひ込んで來たので、飼主の尋ねて來る迄と、爾來飼育して居たが、此犬は價格にして百圓はするであらふと謂ふことになつて、二十八日に至り、廣坂署へ拾得の届出をした。
所が警察の方では斯様な拾得物は始末に困るのであるが、目下人氣を集めつゝある日本犬のことゝて、書院の誰彼なく弁當を分ち與へて、落し犬の届出を待つことゝされた由である。
「拾得物―日本犬」より 昭和9年

 

誘拐されようとした幼い主人を救つた忠義な仔犬の物語。
主人公は大阪市港區タクシー運転手谷野舎男君の愛犬サブ公。救はれたのは舎男君の長女淑美さん(二才)で、十一月二十五日午後五時ごろの出來事である。
それはその晩の支度に忙しい谷野君の細君きみさんが、玄關口で乳母車の中に淑美ちやんを遊ばせて、一番淑美ちやんと仲良しのサブ公を哨兵格につけて置いたところ、何に驚いたかサブ公はあはたゞしく吠へ始めた。何時になく物狂はしいサブ公の素振りに、きみさんが庖丁片手に戸外を覗くとサア大變、愛兒淑美ちやんは乳母車もろとも消へて居る。
“子供とりだ〃”と近所總出の大騒ぎとなつたが、通り魔のやうに掠め去つた子取りの姿は最や何處にも見へず、交番よ、青年團よの空しい焦燥が續くばかりだつた。
そのころ谷野君の宅から約五丁の同區東田中町一丁目市岡パラダイス北横の街路を、問題の淑美ちやんを載せた乳母車を押して、急ぎ足に安治川筋に向ふ二人連の支那行商人があつたが、疾風のやうに追ひすがつた一頭の仔犬が、猛烈に吠へ咬みつくので、すつかり持て餘し、間誤つく内、この珍風景が黒山の人を呼んだ爲め、二人の怪支那人はコソ〃と乳母車を殘して逃げ去つた。
この仔犬こそ幼い主人の危急を家人に告げ、慧感を働かして後を追つた忠犬のサブ公で、乳母車の中では可愛らしい淑美ちやんが其様なことは夢にも知らず、“アプ公〃”と無心に笑つて居た。
仔犬の首につけてあつた鑑札に依つて、群衆の一人がサブ公の護る淑美ちやんを無事に谷野君方へ送り届けた。谷野君夫婦の喜びは謂ふ迄もない。
「犬とキツドナツパー」より 昭和9年

 

大浦正量氏

愛犬出羽號は十一月廿五日逸走以來二ヶ月を経過するが、未だ杳として皆目行衛が判らない。

『犬の噂』より 昭和12年

 

當司令部軍犬班は昨年十一月二十五日之を閉鎖し、在廣島部隊へ全部分配繋養しありて、目下夫々訓練演習に従事中にして、逐次成果を収めつつあり。
尚目下各隊の頭數左の如し。
福山歩兵四十一聯隊九頭
廣島歩兵十一聯隊四頭
山口歩兵四十二聯隊十頭
廣島野砲兵五聯隊四頭
廣島輜重兵五聯隊三頭
濱田歩兵二十一聯隊十三頭
計四十二頭なり。
陸軍第五師團司令部軍犬班 昭和12年

 

 


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