生年月日 昭和9年生まれ
犬種 ポインター
性別 牡
地域 愛知県
飼主 淺井順次氏
これは珍らしい!時報のサイレンに合はせて吠えつゞけて時間を知らす犬がゐる。
これはまさしく日本一の「時報犬」だ。
この感心な犬はいまはなき新國劇の澤田正二郎氏の盟友、故中井哲氏の實兄、豊橋市西八町辯護士淺井順次氏愛犬ラツク君だ。同氏が昨年正月知人から貰ひ受けた生後一年七ヶ月のポインター種。
去年夏ごろから市役所屋上の電氣サイレンが午前五時(冬は午前六時)と正午に十五萬市民に時を知らすために響きはじめると同時に吠えはじめるのである。
それも「ワン〃」と鳴くのではなく、サイレンの音を眞似てうなるがごとくに「ウオー〃」と息のつゞく限り咆哮。一息切れるとまたもやつゞけざまに吠え、サイレンが止むと同時に吠え終るのである。
日の出前の散歩を日課としてゐる淺井辯護士は、ときたま朝寝坊をすることがあるても、ラツクはこゝ約一年間サイレンとともに時間を告げなかつたことはなく、たまにサイレンが故障を起し、午前十時ごろに響いても、忠犬ラツクはそれには共鳴せず、機械よりも正確だともつぱら近隣の評判になつてゐる。
淺井辯護士邸では鶏鳴が時を告げるのではなく、犬聲が時間を知らすわけである。
同辯護士は語る。
「なあに、宅のラツクは、名もないつまらぬ雑種ですが、感心に時間は變らず告げてくれます。別に教へたわけではなく、自然に去年夏ごろから市役所のサイレンに合して朝と晝の二回必ず吠えつゞけます。
はじめは家族のものもそれと氣づかなかつたやうな始末で、いまだに不思議でなりません。朝など散歩によく連れて行きますが、外のサイレンや汽笛がいかに近くで鳴つても眞似はせず、いざ市役所のサイレンが鳴りはじめると、奇妙に走りまはることをよして吠えます」
『機械よりも正確な愛犬のサイレン』より 昭和11年