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Channel: 帝國ノ犬達
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北海道のヒグマ狩り

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明治中期から大正にかけて流行した西洋式のレジャーハンティングは、アイヌの伝統的な猟法にも影響を及ぼしました。
高性能のライフルを持つハンターが北海道に押し寄せ、現地のアイヌを狩猟ガイドとして雇用するようになったのです。その過渡期の記録をどうぞ。

白樺の林に金毛の姿

銀鏡のやうな雪の平野、それを横ぎると原始的な楡の密林がある。
それから山になる。
さうした北海道の大自然の中にアイヌを先に立て、犬を左右に放つて、次第〃に人寰を離れた無人の境に這入つて行く。
そこには白樺の林が、高山の雪の上に反射する強い光線に照らされて紫に煙ぶつてゐる。尚ほその上には白雪皚々たる氷の峻嶺が聳えてゐる。
その峻嶺の蔭に熊の穴があるとアイヌが云ふ。
我々は胸を轟かして、あへぎ〃山を登つて行く。
その時
「カムイ(神)〃」
アイヌは手を拡げて一行を止めながら、力強い低い声で叫ぶ。皆雪の上に伏して向ふを見ると、遥か彼方谷一つ向ふの山嶺の白樺の密林の中を悠々と行く黒い熊の姿が見える。

双眼鏡をとつて見ると、金毛の背を圓めて、白樺の梢を縫ひながら、白雪の山嶺と四方を睥睨して行く猛獣の姿の雄々しさ。
それを見事と前進には武者振ひの波動が電気のやうに傳はる。
一行は二隊に分れ、音をひそまして追撃する。その時の痛快さ、そして射止めたならば、尚ほ痛快であるが、私のこの時の経験はその熊を射止め得なかつたことを自白して置かなければならないのです。
これは今から数年前のことで、それには長距離の撃てる鉄砲がなかつたと云ふ原因があつたのです。

アイヌと犬
熊を追撃するには犬がなくてはならない。それからアイヌの先祖傳来の経験を信用せねばならない。
で、一度雪の上に印した熊の足跡を発見すれば、それを何處までも追跡するのです。
そして熊の姿を発見したらば、熊よりも先廻りをして熊の道に熊の来るのを待つのです。
―熊は大抵何の山の嶺からは、次の何の山へ進んで行くかと云ふことをアイヌは永い経験で空んじた地理上の智識から略ば推定し得るのです。
そして彼等は、二三十間以内の近距離に近づいた時に始めて狙撃をするのです。その時の光景。それは到底筆紙に盡されない面白さです。
四方は展開して一物の蔽ふものもない雪の上です。銃手は山嶺の一角に潜み、或は密林の中を潜行して、下から登つて来るか、嶺を傳ふかする熊を撃つのです。

熊は不意を食つて、背中の金毛を逆立て牙を剥いて突進して来ます。それまでは銃手の後に潜んだ犬が、こゝに於て猛然と熊に飛びかゝります。
熊は益々怒つて犬を噛まうとするが、犬の方が雪の上では身が軽い。前に廻り、後に飛び退きしてこゝに熊と犬との大格闘が始まるのです。
その時第二の弾を送るのです。若し猟者が四五人であつたらば、二隊に分れて追撃をするがよいのです。
そして銃声を聞いたらば直ちに其所へ駈けつけて戦闘に参加することができるのです。
そして山の中腹、或は谷底で犬と格闘する熊を撃つ。斯んな痛快なことはそんなにありません。

穴熊捕り
この出熊捕りをすると同時に、穴熊捕りをすることもできます。が、この穴熊捕にはどうしてもアイヌを供はなければ駄目です。寧ろアイヌに連れて行つて貰ふのです。
熊は冬になると新しい穴を掘つて這入るのもありますが、多くは昔からの古穴へ這入つて冬籠りをします。
その熊の穴はアイヌが先祖傳來の世襲財産として所有してゐるのです。そしてその穴の附近の立木には穴の位置を示す印がつけてあります。
アイヌは冬になると山に露営して、その穴を廻つて歩いて熊を捕るのです。多いのになると穴の七八百も所有してゐるアイヌがあります。
併し今日狩猟規則などができたので、アイヌのこの不文法も段々蹂躙されて来ましたが、それでもまだ無人境の事ですから、アイヌでなければ穴の所在は分りません。

で、アイヌはその穴の處へ行くと、穴の中へホキンネクワ(山行の杖)と云ふサビタの木の七八尺の棒を突込んで熊の在否を確かめるのですが、先づ熊が居れば、穴の口の雪が茶色に解けて穴の口が開いてゐますから、一行は穴の口に銃を擬して熊を穴から追ひ出すやうにするのです。
それでも容易に出て来ないと、此度は直径四五寸の丸太を一本切つて、穴の口に立てゝ、棒を穴へ突き込んで追ひ出すのです。
そして熊は穴の口まで出て来て、丸太を見るとそれを上へ跳ね上げることを知りません。手を懸けて内へ引き込まうとしますが、丸太は穴の口に橋に架つてゐますから容易に穴の中へ這入りません。
その間に猟者は熊を撃つ事ができます。
若し手頃の写真器があつたらば、この猛獣に接近して、猛り狂ふ猛獣の姿をレンズの中へ納めることも出来やうと思ひます。
私は今年の春、徳川侯爵の熊狩に随行して、この写真を得られなかつたのを未だに残念に思つてゐます。
若し活動写真にでもしたらば、満都の観客を喜ばせることもできる事でしよう。

それから熊の仔を捕るには、實にその穴熊捕りでなければできません。熊は穴の中で仔を産んで育てゝゐますから、親熊と一所に仔を捕ることもできます。
熊の仔は非常に可愛いゝもので、指を出すとそれを乳首のやうに吸つたり何かします。

熊狩の準備

それで熊狩には何んな用意をしたらばよいかと云ふと、先づ口径の割合に大きい長距離にきく連発銃が必要です。
ダム〃弾を使ふもよいでしよう。次には双眼鏡が必要です。
それから犬のよいのが無くては駄目です。これには多年訓らされたアイヌ犬が一番よいでしようが、猟者自身の愛犬をこの壮挙に試みると云ふことも亦面白いことでしよう。
アイヌの犬も近来は大分雑犬ができて、それらの雑種犬もアイヌ犬に劣らず使はれてゐますから、熊に経験のない犬でも猟者の愛犬であつたならば、万一の場合には必ず忠勤を捧ぐることゝ思ひます。

それから防寒のよういですが 、そう云ふものは割合に多くは入用ではありません。
雪はあつても春三四月頃になると北海道でも大分暖かで、殊に高山の上を跋渉する時にはシヤツ一枚になつても汗が出ます。併し夜間は無論寒いですから、手軽な寝具として毛皮の外套などは最も適當なものでしよう。
それから毛布の二三枚も用意して行くことは必要です。
次には履物ですが、これは北海道で用ひてゐる鮭の皮で造つたケリと云ふものが軽くて丈夫で、雪の山野を渡渉するには一番よいものです。
それらは向ふへ頼んで用意させて置くことです。又雪の上では色眼鏡が必要です。

白樺の林に蔽はれた山腹からは、時々兎が飛び出します。トゞ松の密林には蝦夷山鳥が群をしてゐることがあります。
そして氷の急斜面を雪履を穿いて辷り下りる時の痛快さは又たとふるにものがありません。
殊に不慣れな人が途中で転んで銃を担いだまゝごろ〃と雪達磨のやうに急斜面を転がつて行く所を見て、思はず手を拍いて、山の静寂を破つてアイヌに叱られなどするのも面白いです。

都築省三「熊狩の面白さと其の方法」より 大正7年


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