生年月日 不明
犬種 秋田雑種
性別 不明
地域 東京府
飼主 藤山雷太氏
癇癪を起しては何處へでも大雷を落とすので有名な藤山雷太(貴族院議員)氏、この程芝白金の邸に一頭の秋田雑種を飼ひ始めた。
名はペフ。黒斑の仔犬で、邸中での人気者だつたが、主人公の藤山氏は時たま見廻りに來る丈けで、あまり犬とは馴染みがない。
ある日のこと、このペフ君、何を發心したのかフラリと邸を抜け出した儘行方不明となつてしまつた。
驚いたのは家の子郎党、飼ひ犬を逃すなんて不注意千萬、責任者は誰だツと大雷を落されては堪らない。エライことが持ち上つたわいと大いに恐れをなし、こつそり手分けして犬の行方を探し廻つたがテンから手掛りすら得られない。
蒼くなつた一同が「ペフ公罪なことをするぢやないか」と悄気てゐると、忽ち智慧者が一人現はれて「同じ様な犬を買つて來たらどうんなものだらう。大将、そんなに見廻りに來やしないから、露見する心配はまづあるまい」「そいつはよからう」と雷が怖いばかりに、犬屋を駈け歩いてやつとペフの身替りを見つけて來た。
大きさと云ひ、斑の模様と云ひ、顔と云ひ、どうやらこれなら身替りが勤まりさうな犬なので、犬舎に繋いで一同ヤレ〃と一と安心した。
と、ある朝氏がブラリと犬舎の前へやつて來た。藤山氏犬舎の前に立つた儘いつかな動かうとしない。
郎党を呼んで「おい、みんな。犬の顔が違ふ様だね……」に一同冷水三斗の思ひ。
氏は暫く犬の顔を覗き込んでゐたが、やがて犬舎を離れて歩き出したので、一同やつと胸を撫で下した。
氏は替玉と知るや知らずや……。ペフの替玉は今もその儘邸内に飼はれてゐるが、流石に気が差すのかペフの名を呼ぶ者がなく、他に呼び様もないので替玉、可哀想に名なしの権兵衛で暮してゐる……。
犬界ゴシツプ「愛犬異変」より 昭和10年
……記事になったということはバレたんでしょうね。