本種は俗にスコツチ・テリアと呼ばれ、可也古く我國にも渡來して居りますが、一部の愛犬家のみに飼育されて居りまして、一般的に歓迎されませんでしたが、昨年の春頃から勃々輸入され、共進會や観賞會にその姿を現して來たことは、我愛犬家の注目を惹いて居ります。
鶴見孝太郎「愛玩犬の手引」より 昭和9年
戦前のスコッチテリア。既に国内蕃殖個体が流通していました。
昭和12年の広告より
原産地
スコツト・ランド、十六世紀頃から既に知られてゐた。
特徴
今日でこそ専ら家庭内のペツトとなつてゐるが、もと狐其他農家に有害な小動物を征伐するに使用されてゐた。主人至上主義のひどく個性の勝つた犬で、他人には余り馴染まない。
鋭い活気のある表情を浮べ、昂然と頭を掲げてゐる。圓味を帯びた大きな頭部は、長さ三分の一吋ぐらゐの硬毛で被はれてゐる。
耳は小さくて、直立させるか又は半直立させるかしてゐる。耳端は尖つて天鵞絨(ビロード)のやうな毛に包まれてゐる。眼は小さくて黒い。四肢は短く骨太である。尾は直立してゐる。
毛皮は二重毛で、下は柔き和毛、上は厚い線毛である。
色は純黒、黒虎毛、淡黄虎毛等である。
用途
小獣猟犬、愛玩犬として日本でも流行の兆がある。
大きさ
小型の大。重さ十八封度位。
「新流行犬百種」より 昭和11年
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その名の通り、スコットランド産テリアを源流とする愛玩犬。小動物の巣穴に入り込めるよう、小柄で短い四肢をしています。タフな性格であり、「ダイ・ハード」とも称されてきました。
古くから愛されていたスコッチテリアですが、品種として確立されたのは1800年代に品種のこと。以降、交配を重ねられつつ世界中へ拡散し、第一次大戦後あたりから人気犬種となっていきました。
詳しい来日時期は不明ですが、早期よりポツポツと輸入されていたそうです。大量輸入の記録は昭和10年から。
筧うめ子さんのスコッチたち。昭和10年
「ワイヤーに次いでスコツチ・テリアが次の時代の流行犬として、日本でも最近大分飼はれて來ましたが、それもせいぜい一頭か二頭で大騒ぎしてゐると云つた、まだ〃流行の初期にあるものです。
昨年の秋かパラマウント映畫の名犬行状記と云ふ犬の實写ものに探偵小説家のバンダイクの愛犬とか云つた十数頭のスコツチが、猫を樹上に追上げる動作の機敏とウイツトに富んだ表情を眺めて、あんなに澤山飼つたら定めし面白からうと思つたものです。
ところが俄然、全く俄然と云つた形容詞がふさはしいやうに、圖に見られる如く、スコツチの大群が東京に現はれたのです。
その全群に牡五頭、牝二十五頭、合計三十頭の大群で、一つの囲ひの中に飼はれてゐるのですから壮観ともなんとも、一寸日本離れのした風景を現出してゐます。
それもチヤチなものでなく、全部ニユー・サウス・ウエルス・ケンネルの立派な血統證持ちです。
なんでも某貿易商がスコツチの評判を聞いて輸入したものを、柏木のセツター党の筧うめ子さんが一手に引取つて、目下吉祥寺の某所に飼育されて居り、上圖はそこの實況です。
筧さんもこの頃はすつかりスコツチ党になつて「飼つて見ますと丈夫で悧巧で、それに小振りですから、女子供にも飼へます。私も段々歳を取りますと、大犬の手入れはおつくうですが、この位のものなら苦になりません。尤もセツターは決してよすのではありませんが、この元気で飼ひよいスコツチを皆さんの御家庭にお薦めしたいと思ひます」とセツターに幾分遠慮しながら、スコツチに大層な肩の入れ方です」
白木正光「これは珍しい!!東京にスコツチのお家」より 昭和10年
その後は飼育頭数も増えたらしく、愛好団体「日本スコッチテリア倶楽部」が発足しております。
同倶楽部大阪事務所を支援していました、大阪畜犬商會トリマー鵜野福子さんによるスコッチ談をどーぞ。
「スコツチ・テリアは名前を聞いたゞけで、ほゝ笑ましくなる犬。
真黒な毛、真黒な瞳、真黒な鼻、せいの低い不細工な形、それてゐて上品な犬。
ユーモアな動作、表情に富んだ顔、利口な気質、小さいくせに落ちついた犬。
只無条件で好きな犬、スコツチ・テリア!!
およそあらゆる犬種を飼育した事のある私でありますが、とにかく無条件で好きな犬はスコツチ・テリアで御座います。無表情な様で愛嬌のある顔、甘える動作でも、他のテリア種にない、よい所のある犬。
心から本當に好きな犬で御座います。
それにとても身體が丈夫で、生れてさへ了へば本當に世話のない犬で御座います。
度々お産をさせました経験で、仔犬の育て方を書けとのことで御座いますが、まづお話の順序としてお産のことから申上げます。
少しでも皆様の御参考になりますれば、この上の喜びは御座いません。
交配時の心得
先づ交配時の事から御話致しませう。種牡の選定で御座いますが、只今は日本にもチヤンピオンが輸入されて居りますし、外にも外國から来ましたよい犬が多々ありますので、大変楽になりました。
自分の持つてをります犬の欠點をよく見極めまして、それを補ふ様な犬と交配させます事は、どの犬種も同じ事で御座います。
スコチチは成るべく丈の低い、骨の太い、耳の小さい、尾の真直ぐなもの、顔の大きい、首の太い、がつしりした犬を御選びになれば間違ひはありません。
それに日本では毛色を大変黒々とおつしやいますが、大體スコツチの原産はブリンドル(トラ毛)だそうで御座いますし、あちらでは犬さへよければ、毛色はあまりやかましく云はないそうで御座います。
話がそれた様で御座いますが、種牡がえらび出されましたら、牝が出血しはじめて十二三日頃が交配に一番よい時期の様に思はれます。
これはどの犬種も同じ事ですが、スコツチはせいの低いものだけに、交配が却々六づかしい様で御座います。牝によつて発情して居ますのに拘はらず、大変小さい局部の犬があります。さう云ふ犬は牝の背中へ牡をのせて、多勢がゝりで待つて居りませんと、離れて了ふ事が御座います。しかしそう云ふ事は外の犬種にもたまにありますが、スコツチは大変多いやうで御座います。
牝をお持ちのお方は大変たよりない様に思はれるかも知れませんが、しかし今までの経験上、決して心配な事は御座いません。
但し牝があまり太つて居りますと、不可能の時もありますから、牝をお持ちの方はふだんから運動をよくして、犬をしめて置く必要が御座います」
鵜野福子「スコツチ仔犬の育て方」より 昭和12年
こうして日本に普及して行ったスコッチですが、直後に戦時体制下へ突入。
昭和18年頃まではペット商が販売していたものの、戦況悪化と共に姿を消してしまいました。
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スコティッシュ・テリアの日本史
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