猟犬を猟場まで移動する、通信販売で列車運送する、遠方の展覧会へ出場する、内地の軍犬を戦地へ送るなど、近代に入ると犬の移動手段に公共交通機関を利用するようになります。
車載においては、逸走防止や識別のため、前もって犬箱に収容することが義務付けられていました。犬用ケージについては鉄製の檻、木箱、仔犬の場合は柳行李など、そのタイプも様々です。
輸送に関しては愛犬家側からのクレームも多く、鉄道省側も対策に取り組んでいたとのこと。
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猟期が近づき犬の鉄道輸送が頻繁に行はれる季節になりましたが、愛犬家の大きい悩みは鉄道省の輸送箱が如何にも不潔であることでした。
鉄道省もこの點に鑑み、次の如く今後は輸送二三日前に借主が自由に消毒する便法を設け、愛犬家の便宜を謀ることになりましたが、かくなるまでにはカナイン倶楽部由井彦太郎氏のかくれた努力と、大きい犠牲のあるたことを忘れてはなりません。
東京鉄道局所報付録を以て左の如く公表する
東京鉄道局管内第一回業務改善委員會 沼津驛小荷物掛
書記 井出繁次郎提出
省有犬箱の規定を設けられたし。
理由
近時愛犬熱勃興と共に数百圓金乃至数千金を投じたる犬輸送を要する場合あるも、傳染病特にヂステムパーの感染を恐るること甚敷。
一愛犬家は之が因を為して斃死せりと推せらるゝもの数件を挙げて之が實行方を熱望し、荷物運送規則第二五七条の私有箱制度は實際問題として一般に實行困難なりと云へり。
當驛にては使用後の清拭及毎月一回の洗浄を施行しつゝあるも、専門医の説明によれば洗浄は外観の清潔のみに止まりヂステムパーと称する傳染病菌は数分硫黄蒸し又はフオルマリン等にて消毒するに非ざれば容易に死滅せずと云ふ。
提案者井出氏は、更に詳細實状を説明して其主張の貫徹に力め、各職員又其事情を諒として提案の趣旨に賛成し、種々謀議する處ありたるも、さて其實行方法に 至りては、病菌を撲滅するが如き作業は鉄道驛夫若しくば雇人足等にては到底處期の目的を達し難く、萬一羊頭を掲げて狗肉を売るが如き結果に終りては、鉄道 の本意に非らざるは勿論、愛犬家に申訳なしとて結局請求により二三日前に犬箱を貸与し、愛犬家の十二分なる自営消毒に一任する方結果疑ひなく、手数の段は 気の毒なれども其方愛犬家諸君も安心なるべく、鉄道に取りても本趣に適ふべしとの事に一致し、左の如く所報を以て公表されたりと云ふ。
提案の如き消毒方法は特別の設備を要するを以て實行不可能に付、若し旅客又は荷送人に於て消毒方法希望の向に對しては之に応ずることゝし、犬箱の貸出を為すは敢て妨げざるべし云々。
白木正光「愛犬家の福音」より 昭和8年