日中戦争が勃発した昭和12年。戦時体制下の日本では、興奮したシェパードやドーベルマンの愛好家が「軍犬報國」を叫んでいました。
で、軍事とは関係ない犬種の愛好家も、それなりに戦時下の空気で舞い上がっていた様です。
今回から、戦時下のコリーについて取り上げましょう。
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一陽來福の春が訪れて、愛犬と散歩に、或は展覧會にと愛犬家にとつて愉快な季節となつて來た。
併し我々にも心持よい春はそろ〃頑敵ノミ、シラミ、ダニ等の蟠居横行にもこよなき天下となることをお忘れなきやう。可愛い愛犬が知らぬ間にこれ等寄生蟲の爲に人知れぬ悩みを想へば真に可愛想で、愛犬家として黙し難いことである。高級犬コリーを飼はれる位の御家庭には進言無用とは萬々承知の上ながら、愛犬趣味も寄生蟲には多少の苦労の種である。
消毒用としてはクレゾールが王座を占め、其他種々と各自各様の薬品が用ひられてゐる。
事変!戰争!で特にこれ等薬品は騰つた。二三倍は確實に騰つたのだから、少し良心的に消毒を励行する犬學校等ではその消毒費も馬鹿に出來ない。
軍需品としても大切なこの薬品を金に任せて消毒に撒きちらすと云ふのも時局柄どうかと思ふので、毛色の違つた駆蟲法を申上て見る。
もう暖かであるし、コリーには藁の必要はない。藁は冬季保温には重要な役割を有つものであるが、夏は虫共のこよなき蕃殖場となるから使用しないこと。代用として一般に南京袋が利用されてゐるが、これとて其儘ではノミ賊共の根城となる。
窮すれば―の譬へ、何時も窮して居る私には何かと通じ易い。そこで自然は我々によきものを與へてくれた。
それは荒川堤やお濠端へ行くと何處にもあるヨモギと云ふ草(田舎では彼岸になるとこの草の若芽を摘んで團子を作る)の草を煮て、汁を熱いうちに犬舎に撒き、亦南京袋等の敷物を洗濯して用ひればノミ、ダニ等の減少することは確かである。他の消毒薬の様に異臭なく取扱が簡便で資源が無限である點と、特筆すべきは他のノミ取粉等の駆除剤と異り強烈に鼻粘膜を刺戟しないので、嗅覚の鋭敏を大切に生命とする捜索犬等の犬舎の消毒用には別の意味で重要性があり、是非一度皆様に試みて頂き度いのである。
日本コリー訓練學校「非常時向きのノミ退治法」 昭和13年4月
そうそう。ヨモギ資源は無限なのです。
うちの庭にもヨモギがはびこっておりまして、むしってもむしっても地下茎からニョキニョキ生えまくり、匂いを嗅ぐのも嫌になりました。