展覧會の目的は、犬種の向上發展と趣味と宣傳の三つに大別出來ると思ひます。
一、多數の優秀犬を一堂に集めて、互にその優秀を誇り、又他を刺戟し、認識をたかめることは、犬種の向上發展上に如何ばかり役立つか知れません。
二、趣味は名犬、珍犬を観賞する楽しみで、犬はなんと云つても家庭のペツトでもあり、愛犬であつて、愛犬家にとつて、各種の犬を見るのは楽しいことで、展覧會が盛大であり多數の名犬、珍犬が集まれば集まる程、観賞慾は充され、無數の愛犬家が殺到するのです。
三、宣傳と云ふのは外に對しては愛犬趣味の宣傳になり、竟ひなんの氣もなく入つた人も、場内の盛況と犬の愛らしさに、自分も一つ犬を飼つて見たくなるの類で、愛犬思想の普及にも非常に効果があります。又内に對しては各自の犬の披露ともなり、又種犬の紹介、或は賣買の便宜等も實物がそこに並べられてゐるので、假令その場に於ては賣買が禁じられてゐても、實物をゆつくり見て交渉する便宜は多大にあるのです。又種犬の紹介や他の多數の名犬を比較観察することは蕃殖者、育成者にとつてどれ丈け裨益するか知れません。
なほ今日最も盛大である軍用犬展覧會の意義目的、出陳者に對する心得等に就いて有坂大尉（※陸軍のシェパードの権威であった、有坂光威騎兵大尉）は次のやうに云つてゐます。
一、展覧會はどうしても蕃殖に貢献すると云ふことが、第一の目的でなければならないと思ひます。そして出陳者や蕃殖者に對しましては各々専門の審査員が出陳犬の血統、外貌、素質は勿論のこと、作業能力に對する天分とでも申しますか、それも考慮に入れて、多數の犬の中から蕃殖上適當と認めた犬を選出し、さうしてこれを奨励すると云ふことが、第一だと思ひます。
二、其次は、犬及び其飼育者を表彰すると共に、其蕃殖者をも亦奨励すると云ふのが第二の目的でしやう。
三、更に第三の目的と致しましては、蕃殖者及び犬の愛好者に、軍用犬の現状並に其進歩の趨勢を知らしめ、軍用犬の蕃殖方針を理解させることでしやう。
四、第四には、自分の犬と他人の犬とを比較し、それに審査員の批評をも對照して、蕃殖上の参考とすると云ふことです。殊に世界で最も優秀な部類に属する外國産の名犬も多數出陳され、此等の犬と内國産の犬との状態は、如何なる相違があるか、将來どう云ふ風に改善進歩させなければならないかと云ふ風な根拠も亦得られるこゝと存じます。
五、次には一般の観覧者に對しましては、犬に對する親しみと知識とを増進し、又蕃殖及び犬の利用等の上に、如何なる努力が拂はれて居るかと云ふことを認めさせると云ふことが一つの目的だらうと思ひます。
六、それから國防資源としての軍用犬の整備充實と云ふことに對する出陳者、蕃殖者並に主催者の意氣と努力とを見せることが重要な目的でしやう。
七、それから最後に出陳者並に観覧者中には、適當な種犬を購入したいと云ふ様な方も段々あることゝ思ひますが、こんな人々に下検分の機會を與へることも、一つの副目的になると存じます。
偖て、上述の様な目的を達成する爲めには出陳者として何んな心得が必要でせうか。
一、第一に國防資源の重要なる一要素たる軍用犬種を持つて居ると云ふことが、既に誇りでなければなりません。そこで展覧會に於きまして、之を一般に示すことが、出陳者の名誉であると同時に出陳して軍用犬の宣傳普及に貢献すると云ふことが、苟も軍用犬に関心を有する國民としての義務でもあると存じます。
二、それですから決して賞品の獲得などを争ふのが展覧會に對する本來の出陳目的でないと云ふことを、深く銘肝することが大切だと信じます。又其時々のコンデイシヨンに依りまして、相當大きな變化があるのですから、名犬必ずしも入賞するものとは限りません。要するに勝負などと云ふことは、餘り念頭に置かないで、極めて活淡たる心を以てどし〃出陳なさることが非常に大切なことです。
三、それから第三には、假令入賞しないものであつても、今述べました様な色々な目的から致しまして、蕃殖上非常に有益な資料を與へることゝ思ひますし、又軍用犬種の向上、發展に貢献することは御出しになつただけで甚大なものであります。又審査員は固より厳格、公平であると共に、軍用犬を以て國家に貢献なさる方々並に犬自體に對しましては、常に十分なる同情を以て審査するものと存じますから、奮つて御出陳になることが肝要だと存じます。
（次回に続く）