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Channel: 帝國ノ犬達
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ポン(牧羊犬)

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生年月日 不明 
犬種 ラフコリー
性別 牡
地域 栃木縣
飼主 栃木縣種畜場

昭和11年頃、栃木県種畜場で飼われていた牧羊犬。通称ポン公。
牧羊業務は勿論、ジャンプ・捜索・木登りまでこなしていたとか。戦前日本で牧羊犬がどのように使われていたか、数少ない資料の中からポオの作業内容について引用します。

 

 

「栃木縣種畜場見學の案内状を差上げたが、待ちに待つた當日は朝は少し曇り勝ちで心配であつたけれども、ラヂオの天氣豫報は「曇り、時に日もさすでせう」といふので安心して定刻八時三十分に上野驛に馳せつける。

既に齋藤さん軍帽姿愛らしい令息ノブオちやんを連れて來て居られた。續いて山中氏が遥に戸塚から來られた。臨時會員としてO氏が八ミリシネマの寫眞機を擔いで見える。これで確答のあつた人達がそろつた譯で、小數で残念であつたけれ共目今は初秋の書入れ日で皆方々に先約がある様な御返事が多かつた。是非なく四人で出かけることにした。

 

汽車進行中一寸降り出しそうになつたけれども、だん〃様子が良くなつて來て、小金井に着いた頃には全く天候の不安は除けられた。

小山の次の驛小金井に降りると海老名氏が迎いに來て居られた。

二台の自動車に分乗して國道を走ると、話す間もなく右折して松林の中に入り、種畜場の事務所の玄関前に着いた。丁々たる松林に囲まれたる芝生には既に海老名氏の用意で大きな畳表が布かれてあつた。

事務所の中に入つて御挨拶すべきであつたが省略して、直に筵の上に転がつた。寝転ぶ程疲労して居る譯ではないのだが、恁ふいう廣々とした芝生の上では横になつて見たいものだと見える。天氣は暑からず寒からず、誠にもつて來いの上天氣であつた。

事務所の裏手の豚舎から仔豚が五六疋出て來てブーブー言ひ乍ら遊んで居る。豚の放牧であらう。

實に呑氣な風景だ。豚舎附属の運動場には仔豚が澤山居る。皆ヨークシヤ種だ。真白な被毛に薄桃色の皮膚。無邪氣な動作には思はず微笑させられる。

 

一巡見學して來てから食事としようといふので、海老名氏の東道で場内を見てあるく。緬羊はコリデール種とメリノー種で、丁度放牧に出て居るところで羊舎の中は片付けられていて静閑である。

羊群が放牧地から帰つて來る迄、ホームスパン製造の作業を見ようと足を廻らした。先年私が來た時には普通住宅の一部を使用し、糸操やら何やら行つて居たが、今日來て見ると新しい立派なハイカラな建物の中でやつて居る。

風雅な糸操車が五、六台、若い女工さんが頻りと糸を操つて居る。他に色鮮かな肩掛を織りつゝある大きな織機が一台据へつけれらて居た。糸操の車を一台外に出してもらつて寫眞を撮す。松林を背景として芝生の上で羊毛を操る少女。何と良い画題では無いか。〇君頻りと活動寫眞をとるも無理からぬ次第である。今日の一向に婦人が加らず、此ホームスパン製作や染色等を見て頂く事が出來なかつたのは誠に残念であつた。

 

軈て緬羊の群れも放牧地から帰つて來たので愈我がコリー犬活躍の幕は切つて落された。名犬ポン號は相も變らず元氣溌剌と張り切つて居る。昨年の秋築地の聖路加病院のトイスラー氏の庭園で(※トイスラー院長の娘さんは日本コリー協會メンバーです)、今春は又九段の靖國神社の廣前に其妙技を観衆に普く示した事は良く知られて居る處だが、實際にコリーの本領たる牧羊の作業に至つては現場へ來なければ見られない。

海老名氏の命令一下ポンは脱兎の如く走つて遥かの羊群に近づいて行く。咆哮しつゝ羊群を遠巻きに周囲を廻つて走る。バラバラに散らかつて居た羊の群は追々に寄り集つて密集部隊となる。ポンは猶も、羊群の周囲をグルグル走り廻つて、群から離れようとする羊の一二を叱りつける如く羊群を放牧番の方へ導き、追つて移動させて來るのだ。

 

今日の作業は羊群が視界の中に居る場合の作業だが、ポンは海老名さんが事務所の中でポンに向ひ、羊を連れて來いと命令すると忽ち廣野を馳せけて行つて獨りで羊群を畜舎の方へ追つて來るといふ事である。全く牧羊はコリーの先天的の能力によるものであらう。

コリーなくして緬羊は飼へない。緬羊を飼はなければ被服に不便を生じる譯だ。羅紗には羊毛が要る。

北支、南支に奮闘する我皇軍の将士の寒さを凌ぐ羊毛は豪洲から輸入しなければ其の需要を充たすに足りない。何れの日か國産の羊毛を以て輸入品を駆除するであらう。

 

楽しいピクニツクの御馳走は擴げられた。汽車弁や、果物や、山中さん持参のパン、バタ、チーズ其他美味罐詰澤山に取出されて如何に田園の清浄な空氣を吸つて空腹を感じた我々でも平げ兼ねる始末であつた。海老名氏から豪洲の犬界の状勢や緬羊の話をお伺ひする。

却々話は盡きないが、未だ〃コリー犬ポン號の妙技をカメラに収めなければならぬ。

それから羊の種牡との闘争、残らず遺憾無くシネコダツクはフイルムと共に呑み込んだ。軈て現像され影寫される日の來るのが楽しみである。最後に記念寫眞を撮つて活動撮影は終つた。

一年に三百六十二の卵を産むといふ記録保持者のプリマスロツクを見せて頂いたのも思ひ設けぬ得物であつた。幸に降りもせず曇りも果てぬ秋日和を終日遊び足りて、海老名氏の鄭重なる御待遇を感謝しつゝ、別れを告げて帰途は乗合自動車で小山に來て汽車に搭乗した」

未咬生『種畜場見學記』より 昭和12年


「牧夫に追はれて牧舎から放たれた緬羊大小百頭餘が緑草を求めて牧野に散点する、思ひ思ひの方向に例の『ミヤウー』と云ふ奇声を発し乍ら彷徨する様は如何にも長閑な風景である。ポオ君はと見れば、海老名技手の側近く伏臥の姿勢で待機の形とある。
果然、一行の眼が光り出した。カメラ自慢の面々がそちこちから跳出して、來るべき寫眞展覧會の第一席を狙ふはこの時とばかり放列を敷いて撮るは、写すは、新聞社の寫眞班顔敗けの有様である。
技手の手が上がつた。ポオ君弓を放れた矢の様な勢ひで群羊の廻りを巡り始めた。と見るに間に一匹残らず平手で豆でも集める様に一定の場所に集めてしまふ。
實に美事な技だ。大したものである。感嘆の聲がつきない。コリー讃仰者が急に増えた次第であるが、代わつて出てきたシエパードも相當なものである。技手の話に依ると目下訓練中であるからコリー程にはゆかぬが、之が完成されゝば何と云つてもシエパードの方が稟性その他の点に於て張合ひがあり、遙かに優秀であるに相違ないとは強ち御世辞許りでもなさそうである。シエパード党たるもの、以て安心すべし。油断は禁物である」
おほはし・みちを『牧羊犬漫紀行』より 昭和11年

上記のように、栃木種畜場ではジャーマン・シェパード2頭も牧羊業務に携わっていました。
うち1頭は老牝犬のアーンヒルド・フォム・ハウスシュッティング号。
穏やかに余生を送らせるため、この種畜場に引き取られたのだそうです。


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