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Channel: 帝國ノ犬達
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戦時下の畜犬税

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昭和12年に日中戦争が始まると、贅沢品への課税・統制が強化されます。これは犬界へも及び、ペットの飼育が白眼視される一因ともなりました。

更に、商工省の野犬皮革統制によってゼイタク品たる三味線皮は規制されて軍需原皮へ回されます。犬猫の毛皮が軍需物資と化したことで、昭和19年末のペット毛皮供出運動へと至ったワケです。

 

 

新聞の報ずるところによると、政府は増税を企畫するに當り日常生活に関係なき贅澤な道楽に對しても課税するとの方針にて、大蔵次官談として「小鳥や犬は生活必要品ではなく贅澤品だから課税する……」云々とあつた。大蔵省が課税の目標に小鳥や犬を撰ぶやうになつたとすれば、國家の財政は餘程窮迫しておるに非ずやと疑ひ度くなるやうな氣持になる。

小鳥や犬を物色するやうな小策を弄せずして此の際税制の改革整理を断行することは時局に徴して緊要事と謂はねばならぬ。乍然私は茲に大蔵省の増税に對して彼是の批判を試みんとするものではない。増税の一目標として犬を撰ぶことに付て意見を述べるのである。

犬に對する課税の理由は、犬は生活必需品でなく贅澤品であると謂ふにあるらしい。勿より飼犬の中には贅澤品扱に飼はれておるものもあるが、又必要的、實用的、社會的、國家的に飼はれておるものも多數にある。

犬は其の使途によつて大体下の三種に大別することができる。

 

1.愛玩犬

此の種の犬は多く小形にして冬季長火鉢の猫板の上に三つ重の座蒲團を敷いてコクリコクリ居寝つておる狆種(日本産小形長毛)や又毛糸のチヤンチヤンコを着て毛布に包まつておる小形テリヤ種の如きである。之等小形の犬は閑の多い婦人に愛玩されるのが多いやうである。

狆やテリヤ(小形)も家屋内の番犬となるから全く無要の犬でないと主張する人もあるだらう。然し此等の犬は他人に吠付く程度の警戒をするに止まり邸宅の監視、警戒、又は護身等所謂ウオツチ・ドツグの役を普遍的に果すことは不可能である。

土佐繪の美人の足下に狆の居るのを見ても此の種の犬は古くより婦人に愛玩されたことが推測できるだらう。又最も多く我國に飼育されて居るのは雑種の犬であつて、中には飼犬か野犬か判別不可能のものも少なくない。毎年毎月我國獨特の行事である野犬狩りに掛る犬の大多數が之である。

之の雑種犬は數種又は十數種の多犬混血雑種に属するものが多く、且つ此の雑種の犬は大部分が放飼されておるから混血に混血を重ねてもはや済度は不能である。

此の偉大なる雑種犬は大に関心を持たない人によつて一種の愛玩用に飼育されておるのであつて、我國の總犬數の中、此の雑種犬が最も多いのである。

 

2.猟犬

此の種の犬は山、海の狩猟に使役するに適する性能、体形の犬種であつて、日本犬、ポインター、セツター等が其代表的のものである。猟犬は銃猟のにみ使用されると謂ふも過言ではない。我國の銃猟は二つの階級に區別することができる。

其の一は猟を以て職業となす階級と他の一は猟を以て職業となす階級と他の一は猟を以て餘技、道楽となす階級とである。前者は其の職業とする猟に犬を使用するのであるから、犬と獲物とは其の生活に直接の利害関係があるのは勿論である。後者は猟を爲すこと自体を餘技道楽とし、猟犬を飼育するのは猟の餘技目的を達成する爲めに不可分の関係があるのである。従而猟犬を飼ふことも亦餘技道楽の中に包含せられるのである。加之猟犬に大金を投じて猟芸ある犬を愛育する者は後者には珍らしくもないのである。即ち後者にとりては猟犬は有形的関係もあり且つ生活に必要なき一種のブルジヨアー的贅澤に属するのである。

 

3.實用犬

警察用、軍用、監視用等に使役するに適する性能体形の犬を總称して實用犬又は使役犬と謂ふ。私は此の犬はWatch Dogと称するが最も適切と思ふ。

警察犬の主要な職務は犯人の捜査、傳令、逮捕補助、護送補助、監視等である。軍犬の最も効果的に活動するのは傳令である。歩哨補助、監視、警戒、捜索、運搬其の他の勤務にも堪へ得るのである。家庭の監視犬は多く犯盗の警戒と主人の護身が其の職責である。

警察犬も監視犬も結局は軍犬に帰一するものと謂はねばならぬ。此等三用途の訓練は大同小異で略同一であると云ふも過言ではないのである。軍犬の訓練が最も深廣を要するものがある。

現在日本に於ける實用犬としてはシエパード、ドーベルマン、エヤデールの三種である。近時日本犬も使役犬に適すると謂ふ説あるも、純血日本犬の性能と体型が完全に統一される迄は未知數であらう。

 

軍犬、警察犬が贅澤品に非ざることは異論の無いところである。家庭に飼はれる軍用犬は贅澤ではなくとも多少利益関係をもつものも少くない。

然しながら實用犬種の犬は犬自体を普遍的に我國に普及せしむる必要があるのである。

犬を其の用途によつて分類して観ると、第一の愛玩犬に属するものと第二の餘技狩猟家の猟犬とが贅澤品に属するものとなるやうである。

犬に對する課税目標として第一に睨まれるのは此の種の犬であらう。若し第一の雑種犬に對しても犬税を課することになれば、其の飼主の大多數は飼犬を追放する虞が多分にある。

其は飼主は犬に大した関心なくして飼つておるものが多いからである。

 

第二の職業猟師の飼育する猟犬は、現に非猟犬より高率に課税されておるから、新税の目標にも見落されることはなからう。

問題は、私人に飼育される實用犬、即ち軍犬、警察犬に對する課税である。政府が實用犬に課税するときは我國の實用犬愛育者が犬を手放す虞があることと、新に實用犬を飼育する人が激減することを恐れるのである。既に飼育しておる人が愛犬を手放し、新に飼ふ人がなくなれば軍犬の數の増加を望むことは不可能である。

 

ドイツに於ては大戰後國民生活を根本的に脅威する大不景氣が襲來したため政府の税収入も激減するに至り、已止犬に對して課税したのである。國民は愛犬は手放したくないが不景氣に加ふるに課税されたのではやり切れないので遂に秘蔵の愛犬を國外に賣却するものが續出するに至つた。そこで政府は軍犬の種切れと云ふ新な難問に逢着した爲め犬の輸出を禁止して、シエパードの國外移出を防ぎ今日少くとも十數萬頭の軍犬を有するのである。

我國に軍犬の移入してより僅かに十數年、現に存する軍犬の數は極めて少數である。恐らく将來軍の需要を満すに足らぬであらう。故に若し犬の區別を爲さずして一律に課税さるることあれば、吾國の軍犬は往時のドイツの二の舞を演ずることなきを保し難いのである。

 

現に特定の地方に於ては軍犬候補犬に對しては課税を免除されてゐるのである。現在の犬税は地方税なるも、若し是を國税と改正するときは地方附加税を課せらるるは必然であつて、飼犬數の減少を激化することは容易に想像し得るところである。

犬に對する課税を排せんとするに非ず、軍犬に對しては國家的見地と時局的認識とにより課税の目標より除外されんことを國家の爲め冀望に堪えぬのである。

 

藪中隆『犬税異論』より 昭和14年

 

状況の悪化は、藪中さんの予測をはるかに上回ってしまいました。当局は犬税を課すのではなく、「犬税対象から外す=野犬扱い」としてペットを駆除していったのです。

その辺をうまく切り抜けたのが猟犬界で、「狩猟報國」の名のもと大っぴらに犬を飼育できました。


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