生年月日 昭和9年7月20日生れ
犬種 リーゼン・シュナウザー
性別 牝
地域 京都府
飼主 芝行孝氏
同時に輸入されたクノーについては下記をどうぞ。
https://ameblo.jp/wa500/entry-12102031708.html
ゲルタも日本シュナウツア倶楽部の登録犬でした。当時輸入されていたのはリーゼンシュナウザーだった様です。
「所は西大泉―鎮守の森、澤庵石を積上げた百姓家、大根の転がつてゐる廣い庭……。使役犬獨逸訓練學校は、大根畑の隣りに宏大な構えを見せてゐる。
氣持のいゝ秋の朝である。身も心も軽く「グーテン・モルゲン……」と記者は意氣よく玄関の扉を開けた。
奥の間から此方を見たミユーラー氏(※在日ドイツ人訓練士のカール・ミュラー)がニツコリ笑ふ。ミユーラー氏、怪しい獨逸語など相手にせず―尤も相手にされたら此方がたまらない―田島氏を招く。
現はれ出たる田島氏、「見事なる獨逸語をアヤツルは犬研の記者殿か、ペラ〃〃〃……」
譯の分らないことを捲し立て、その揚句が「これが分りますか」。
「いや、一向に……」
「分らない筈です。出鱈目ですよ……」に記者まづ目を白黒させる。
「シユナウツエルに見参と罷り出たのですが」
「あゝさうですか。呼びませう」
真黒な犬がノツソリはいつて來た。まるで熊だ。顔に垂れた長毛が妙に物凄く、その癖、黒褐色の目が馬鹿に人なつこく輝いてゐる。淡紅色の下をペロ〃出して「こやつ何者か」と記者の顔から眼をはなさない。
「手出しをしたら一堪りもありませんか」
「物騒なことを考へてはいけませんよ。何しろ、これは黙つてゐてバツト來る方でしてね。一體が沈着なのですが、相手の出様によつては喜んで喧嘩します」
喜んで喧嘩をされては堪らない。ミユーラー氏へ話を向ける。
「シユナウツエルをお入れになつた動機と云ひますか、その譯は?」
「私の最も好きな犬種の一つです。かね〃日本の皆さんへ紹介したいと思つてゐましたが、今度折りを得て三頭輸入することが出來、喜ばしく思つてゐます」
去る六月廿二日、牡一頭、牝二頭のシユナウツエルが顔を揃へて、遥々南獨逸から到着したのだつた。牡のクノーは希望者があつてミユーラー氏の手許を離れたが、牝二頭ゲルタとコラーが今残つてゐる(註 このゲルタもその後京都芝氏に譲られた)。
「そこでゲルタとコラーの自慢を一つして下さい」
「自慢ではない、これは事實ですよ」と田島氏は怖い顔で前置きして「ゲルタは幼犬ジーゲリンです。コラーは體型審査でV賞五回、特にベルリンのジーガー展に於て十九ヶ月でV三席をとつてゐるのです」
「ところで、シユナウツエルは獨逸勤務犬の新犬種と云はれてゐますが、出現はいつです」
「約廿語年前」と田島氏。
「産地は?」
「南獨逸」
「日本に比べて氣候の點は」
「それが、日本とよく似てゐて、その點から云つても我國によい犬種です。それに野性味があるので、飼育に楽で、抵抗力も相當ありますから、今年の猛暑にも、さうヘコ垂れませんでしたよ」
「この犬はツリーミングするのですか」
「えゝ、四ヶ月乃至六ヶ月に一回やります」
「獨逸での評判はどうです」
「六犬種のうち確實性の多いものはこの犬種と認められてゐる位で、好評を博してゐます。それに蕃殖が厳重で、子に悪いものが出ると、種牡牝に用ひない規則がクラブにあつて、厳格にやつてゐますよ」
記者の前にゐるシユナツツエル、ゲルタ、人間の話なんて、およそ面白くないものだといふ様な顔付きをしてゐる。
「有難う。御帰館下さい」で、彼女ノツソリ犬舎へ帰つて行つた。
「さて、犬の輸入もよいが、船の中が心配になりはしませんか」と記者。
「それ程でもありません。犬を管理する人がゐましてね、その人のゐる船に頼みました」とミユーラー氏。
「はゝあ、知つといて損はないですな。船名は」
「シヤルンホスト號(※これから3年後、日本へ失明軍人誘導犬を運んだ貨物船です)」
「犬の名と間違えちやいけませんよ」と田島氏の相の手。
「その船はノルド・ドイツチエ・ロイド會社の新船で、船に犬小屋があり、ブレーメンから神戸まで卅六日で來るから凄いでせう。貨物船に頼んだ日には普通六十日はかゝりますね」
「僕も輸入する時にはその船にしよう」
「何を購入します?」と田島氏。
「これから考へるんで……」
會見は爆笑に終り、記者は大根畑をトボ〃、大泉學園驛へ向つた―」
『大泉の新名物 シユナウツエル訪問』より 昭和11年