日本郵船會社上海支店の松宮某氏は大の愛犬家で、二頭のシエパードを飼育して居た。上海の戰火が擴大すると共に、社宅の所在地も危険に曝されるに至り、會社に避難する事に成つた。併し、ほんの一時と思つた氏は幾日分かの食糧と共に愛犬を貴重品の在る一室に閉ぢ込めて逃れたのであつた。
然るに上海の激戰は到底氏の歸宅を許さなかつた。氏は愛犬の無事を祈りつゝ、居留民として活動を續ける外なかつた。
一日千秋の思ひで待つた日が來た。十月の皇軍大勝利。氏は眞先きに自宅に駈け付けた。社宅附近は支那兵の掠奪に見るも無殘な状態に在つた。氏の自宅も亦例に洩れず、一物も残さず掠め奪られて居た。逸る心を押へつゝ、氏は奥の一室に突進した。
犬を殘して來た室に……。
不思議にも其の室の扉は破られて居なかつた。無駄とは知りながら氏は犬の名を呼んで見た。鍵を取り出すのももどかしく、氏は扉を開けて飛び込んだ時、氏は何ものかに躓き危うく轉倒し様とした。氏は窓のブラインドを開け放した。
さつと差し込む光線に畫き出された室内。夫れは避難前と寸分違はぬ姿であつた。犬は!犬は!
あゝ!先刻躓いた物体こそ、ミイラの如く固まつた、變り果てた愛犬の姿だつた。彼等は死ぬ迄忠實に主家を護つたのである。シエパードの怒號に怖れをなして支那兵も遂に此の室を侵す事が出來なかつたのだ。松宮氏は愛犬の傍に跪いて感謝の涙を忠犬の屍に捧げた。
(註、以上は編輯員の一人が又聞きした話を其の儘茲に紹介したものである。他日松宮氏から直接詳細を承り度いものだと思つて居る)
『掠奪を防ぐ忠犬』より