はなしの主人公はエス(牝・六才)と言ふドイツ・ポインター……。
このエスを連れて大森に住む實業家、猟友會員の梅田梅太郎氏が群馬縣横川驛から三、四里の奥山に猟に出た。
同日の午後一時頃になつて、氏はエスを見失つたことに気付き、諸所探し廻つたが、依然行方は知れない。氏は後を横川町付近の猟人や知人に託して帰宅したが、知人達の捜査も無駄で、エスの行方は杳として知れなかつた。
一週間目の正月元旦、夜の十時頃にこと。家の前に盛んに犬の吠声が聞えて来た。聞き覚へある犬の声に早速戸をあけると見る影もなく瘠せ衰へた獨ポであつたが、正しくエスで、エスは懐かしさうにとびこんで来た。
諦めてゐた家人が、吾が子の如く涙を流し喜んだことは言ふまでもない。
行きは汽車で行つたのに、どうして五十里も離れた横川から帰ることが出来たのか、とはこの話を記者に傳へた警視廳獣医課、犬の相談部主任荒木芳蔵氏の感慨だつた。
「犬の帰家性一例」より 昭和14年
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犬の帰巣本能
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