生年月日 不明
犬種 シェパード
性別 牝
地域 佐賀縣
飼主 大坪豊遊氏
昭和の大頭公、兵を挙げ士を求むと承はり遥々鎮西(九州)よりリン、佐賀の二犬を卒ひて馳せ参ず。いでや禿筆を呵して……と書き出し度くなる今の僕の心境だが、悲しい事には奥行きの浅い間口の狭い頭脳しか持ち合はさぬので、それにも一つ繁忙な社務と云ふものを控へてゐるので、例の如く断片寸布を綴り合せて鎮西犬信を試みる。
長崎、佐賀、福岡三縣下を股にかけて荒し廻る放火魔、昨日は佐賀の某古刹が炎上した、今日は久留米の小學校が焼けたと北九州一帯はこの無氣味な通り魔に脅かされ切つてゐる。勿論、町、村、字の警察、青年團、消防は總出だ。水も漏らさぬ警戒陣を張つて晝となく夜となく巡邏探索してゐるが、放火魔は變幻出没火事は依然として連日絶えない。殊に公共建築とか社寺堂宇とか大ものばかりねらつてやられるので、人心恐々流言浮説乱れとぶ有様だ。
この時に當つて最も得意なのは佐賀の愛犬家我が大坪豊遊君だ。
夜ともなれば君はアンナ號を索いて巡邏に出かけられる。アンナ號は日頃の訓練この時とばかり露路の奥、木立の物かげ至らぬ隈なく探し廻つて少しく怪しい奴と見れば猛烈に吠え立てる。町内の青訓達十人分以上の働きを大坪君一人でやつてのける次第。
お蔭で實用犬シエパードの名聲夙に高まつたと云ふはなし。但し放火魔はまだ捕へられず従らに新聞紙面を賑はしてゐる相な。
私の愛犬佐賀號は甚しくシヤイだ。いろ〃と矯正法を試みたが、却つて症状をたかめるばかりで何んの効もない。で、思ひあまつて中島大先輩へ畏る〃伺ひを立てたら、葉書に赤インキで唯一言。
「女房と共に抱いてねよ」
西村久二『鎮西犬信』より(『大牟田犬信』の前身にあたるコラムです)