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5月20日の犬たち

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帝國ノ犬達-コリー展

昭和9年5月20日、三越屋上にて開催されたコリー展の様子

 

 

五月廿日

十一年度會費未納の方達に催促の葉書を出す。先日出した七名以外の七名である。未だ是他にもある。鈴木重吉氏から先日の會費請求に就て問合せあり直に返辞を出す。

日本コリー協會事務所 枝庵(三上知活)「事務所の日記」より 昭和12年

 

帝國ノ犬達-名古屋支部

帝國軍用犬協會名古屋支部軍用犬展覧會

昭和12年5月20日開催

 

平林家畜病院『狂犬病予防注射控簿 昭和十三年十月廿七日以降』より

昭和14年5月20日診察 12月8日死亡

 

オーイ、〃と二聲三聲叫びました。聞えたのか聞えないのか?

すると又犬はパツと身を下方へ飛び退きました。

その姿を追つて、黒い一條の鈍い光がさつと立ちました。と、犬は又猛然と吠えつゝ上方に向つて、進み姿勢に立直りました。

私は直ぐ一二間の近くまで進みました。小径に掩ひかぶさる、雑草の中に鈍い黒い光りが……。

私は蛇だ!と直感しました。

どうでせう!?一尺か一尺五寸にも足りない道巾に、狭しとばかり、とぐろを巻いた蛇です。

一番太い所と見らるゝのが、大人の足首大の廻りはあります。頭は割合に小さく見えて、まづマツチ函位です。

別段恐怖心を起すのでは無いでしたが、それでも私は、首筋から背筋へかけて、ヂゞツと悪寒のはしるのを覚えました。

マツチ函位の鎌首を、平つたくS字型に半ば浮き上がらせたその下で、黒鉛の様な鈍光の、のろい渦がゆるく流れる様に動いて居ます。

恐らく、犬は通路の進退に窮して居ります。一寸の油断があるならば、その平つたくS字型にかゞめられた、毒舌の炎を吐く、鎌首が紅い口を、かつと開いて飛んで來ます。

たとへその毛さきへ噛みつかれても、もうそれは犬の為の致命的な動機を作る事になります。

噛みつくならば、その瞬間に蛇の黒い長いうねりは、犬の胴體を捲くでせう。捲かれたら最後、犬の牙がよしや蛇の胴體へとげの様に刺る程噛傷を與へましても、時計の秒針が十秒と刻まぬ間に三重五重に、螺旋の様に捲きつかれて、一と締めで悲鳴を上げねばならないでせう?

さうして三分と経たない内に、犬のからだの過半は、蛇の鱗の波が、ヂリ〃と黒い油の流れる様に、捲き塞がるでせう……。

犬はまだ一年か一年餘りの若い犬です。それでも、山稼ぎする者の飼犬だけに、勇猛心は尋常でなく、さかんに吠えかゝります。

私は見兼ねて、傍に近寄り、犬にあたらない様に、手にした岩塊を蛇の胴體の渦巻きへ投げました。バタン!と音がしたゞけで、その犬に向けられて居る、S字型の鎌首は微動だにもいたしませぬ。

とぐろの渦は、緩急を整へてヂリ〃と流れる様に動いて居ます。私の癇癪玉が左手のハンマーを右手に持ち換へますと、直ぐ蛇のS字型の鎌首へ見舞ひました。

しまつた!

二尺の柄では甚だ短いです。狙ひははづれて土を打ちました。

その餘勢で、白い軍手の中から柄がすべり抜けて、蛇の左側の草の中へ……。草の中の岩角でカチンと音をたてました。

チン……と鳴つた響きに、犬が瞬間、氣をやつた刹那に、何とどうです?蛇の鎌首は、桃色の口をかつと開いて三尺位伸びました。

あはや!やられたか?と思ひましたが、蛇の鎌首が飛んでも、私の眼に見える速度ですから犬の方が早いです。つツと、後へ身を退きました。

そしてます〃怒りを發して、吠えます。けれども犬の吠える威嚇が、蛇に取つては毫も脅威ではありませぬ。

又そのとぐろ巻は、ゆる〃と緩急を渦巻いて、黒いにぶい光りのある鱗が、油の流れる様に、その鎌首とは無関係に運動を起して居ります。

もうこの勝敗は、明らかに犬が牽制せられ、犬の逸走を許さぬ様です。もし犬が首をめぐらして尾を向けるならば、直ぐ鎌首は執拗にいぢ悪く飛び附くでせうし、よしや此犬の牙が狼のそれの様に鋭くても、恐らく噛み着くべき隙がありませぬ。

私は意を決し、叢から白い柄の先が見えるハンマーを拾ふべく進みまして、更に驚きました。大人の足首ほどの太さの部分は、まだそれが蛇の前半身である事に氣付きました。

かゞみて中腰になりハンマーを草の中から拾ひ取るべく、うつむいた私の足元には、私の十文の運動靴(ゴムとゴロス製の編み上げ)の幅員と同じ位いの巾の楕圓形の蛇の中腹部の、黒い鱗の光りが、油の流れる様に……、ぢり〃つと、なめらかな運動をして居りました。

どきりツと胸に應へましたが、かんじんの唯一の武器であるハンマーは拾いました。大きな石でもあればですが、一寸見當りません。

再び金槌を振りかざし、蛇の鎌首を目がけて打ちつけました。

今度は狙ひ違わず蛇の鎌首を打ちすゑました。蛇の首が一寸調子を悪くした時、犬はその小太い蛇の胴體へ噛みつくなり、ブル〃ツと、二三回振りましたが、その為に蛇の體は波を打つて犬を捲かうと致しました。犬は直ぐに身を引き退いて、又吠えました。

それからは既に蛇の一部を見ましたが、全體は、草の中へ隠れて見えずなりました。犬を呼びまするが、中々犬はこちらの命をきゝませぬ。相變らず吠えてやみませぬ。

人夫が迎へに來ましたが、恐れをなして近寄りませぬ。私も何時までも犬の味方をする事が出來ませぬので、人夫と共に坂道を攀ぢて又山深く犬の鳴聲を後ろに登りました。

 

午後四時頃、山からの帰り道で、小學生らしい子供達五六人が、山の奥へ参るのと出會ひました。今時分子供が山へと思ひましたが、尋ねる氣もせずでした。

犬の話を口々に申して居りましたが、もしや、犬の帰らぬのを探しに行くのではあるまいかと……、おかしな感じがしました。

其後の蛇と犬との争ひの結果は、私等は見極める時間がありませんでした。

朝雄生「犬と蛇との争闘」より 昭和14年5月20日

 


去る五月二十日、光女峰山付近で遭難した東京市第一徴兵保険會社員後藤幸一郎君の死體捜査の為め、同會社山岳部の委嘱を受けて(帝国軍用犬協会)養成所から荒木文相の愛犬シトー號を、又青山氏のカロー號、岡田氏の戰線から帰還した球磨號、大村氏のアヤツクス號の四頭が参加。
日光署員警防団在郷軍人等百餘名が出動、大捜査を行つた結果、軍用犬の出動した翌二十八日午前十一時半頃、稲川釜ケ澤堰堤女峰稲荷川コース三丈の崖下の河原に横たはる後藤君を日光署員が發見した。
死體捜査に軍用犬を使つた例はすくなくないが、選抜された斯かる多數の犬が参加したのは初めてゞ、成功はしなかつたものゝ(行衛不明の一週間後に出動)将來の軍用犬の平時に於ける使役方面に示唆を与へた事は否まれない
昭和14年


 

 


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