犬が動く、動かない、などと云ふのは畢竟犬を飼ふ人それ自身が醸し出す雰囲氣の作用するものと云ふの外はない。犬界が寂れた、盛つて來たと云ふのは所詮此作用の結果である。早い話が「俺の犬は何うも調子が變だ、いつそ賣つて仕舞はう、買ひ換へよう」と斯う云つて手持の犬を犬舎から遠ざけようと云ふ時には、其犬はドン底のコンデイシヨンへ陥つて居る。
三千圓で買つた犬を千圓以下では賣らない、と云つて見たところで、ガレてガレて居る其犬に五百圓を投じようと云ふものは先づない。
出入の業者が曩に納めた關係もあるので、八百圓位で自分の犬舎へ引取る。
商賣物だからカヒは張る。運動はつける。見る〃其犬は溌溂たる元氣を示して來る。
それに目を着けた人が千圓で賣れ、壱千弐百圓で賣れ、となる。業者にしてはいきものを何時迄持つて居る内にコロリと行かれては仕方ない。
相當の買手のある内にと、いい加減のところで手放す。
新規に買ふた人は兎に角千圓以上のゼニを投じたものであるから、と云ふので出來るだけの手を盡して管理する。其犬のコンデイシヨンはいやでも應でも整つて來る。然うなると先に手放した人が其犬が欲しくなる。弐千圓で買ひ戻す。二千五百圓出す、三千圓出す、となつて來る。
先の人が手放した時と、斯うなつた時とを思ひ合はせると、大袈裟に言へば隔世の感と云ふところであらう。
約言すれば、犬を盛んにするも、衰へさせるも、結局は犬持達が醸し出す空氣の作用である。吾輩は茲に於て所謂愛犬家達に忠告したい。
犬を飼ひ殺しにする人は別として、いゝ加減の時に手放さうと言ふ考があるのなら、一番可愛い最中は手放し、コンデイシヨンの惡い時には静に犬舎で休養させてやつて置くことである。
籤引前の債券は賣も惡く、籤落のそれは賣り易いが、之を斷行する人が債券成金だと云ふことは、愛犬家の大に参考とすべきところである。
大阪府・犬養透視『犬界の動向・全般的瞥見』より 昭和13年