内地から移住してきた森内章介訓練士に会員を奪われ、閑古鳥状態となった満州軍用犬協会安東支部。運営費が枯渇したことで、起死回生の賽犬(ドッグレース)事業へ打って出ます。
「軍用犬とギャンブルは関係ねえだろ」と関東軍や新京本部に睨まれたものの、試しに開催したレース自体は大入満員の大盛況。莫大な利益を得られることが判明すると、満州軍用犬協会の各支部は次々と事業に参入していきました。
ドッグレース事業の拡大路線は、堅実な軍犬報国運動に邁進する帝国軍用犬協会や日本シェパード犬協会に対する気恥ずかしさもあったのでしょう。
「持久力の訓練であって、決してカネ儲けが目的ではありません」と、日本側へ向けた苦しい言い訳も発信されていました。
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日支事變に當り多数の軍用犬は召されて大陸に活躍し、其際平素十二分に筋骨の鍛錬をなせる軍用犬と、然らざるものとの間に、非常なヒラキがあつて、鍛錬せざる軍用犬は部隊の移動の際厄介者視されて、泣く〃跟随不可能の爲め別離せざるを得ざるハメとなりし由にて、軍より特に鍛錬を民間の養成中に行ふ如く配慮ありたき要求あり。
これに刺戟を受け一昨年の紀元の佳節に、小石川の後樂園スタヂアムに於て第一回鍛錬競技會帝國軍用犬協會主催の下に行はれたのであつて、爾來此競技は親邦日本に於ても時々催され、民衆の此れが見物に熱中するさまは競馬よりも一層熱烈を極めたりとの當時視察員の報告であつた。
我が協會も此れに力を得、奉天、新京に於ても鍛錬競技會を開催せしが、其成果は誠に豫期以上の好成績を収め得、こゝに單に速歩競走のみならず、傳令競技をも加えて其第一回を公開し、且つ滿洲獨特の投票券をも加味せし處、其成果は安東に於て立派に約束づけられたのであつて(※安東支部のドッグレース事業を婉曲に表現したものです)、次で本年に入り奉天支部に於て更に試驗的に實施せし處、全く愛犬家各位は一家總動員してお辨當持参して恰も國民學校の運動會の如く、我が子の競技を見るが如き心地して、其熱心なること、人犬一體の展覧會の觀あり。
如斯鍛錬されし軍用犬は一支部に數百頭宛續々完成されるならば、將來軍の要求される、眞價のある軍用犬は生産され、茲に初めて吾人の目的は達せらるゝのである。
處で現在の競技はほんの初級競技であつて、これを以て滿足すべきに非ず。障碍飛越の競技も其内挿入され、又襲撃競技、嗅覺作業も折りこまれて始めて軍用犬の本格的の訓練は活用化される次第である。
處で素人はとかく軍用犬の競技と申せば凡有る競技は折込まれるものと解し、今日の初期の競技を見て直ちに、これを以て終結と考へて成否の批評を下さんとする仁士のあるのは甚だ遺憾である。
然し從來の如き鍛錬せざりし時代より見れば、俄にこの競技に出場する爲めに朝早くより速歩運動を少くも二時間位運動せしむるを見ても、筋骨の鍛錬化は事實であるから、此の一點でも本競技の目的は達せられつつあることを吾人は見のがしてはならないと思ふのである。
起てよ會員、軍用犬と鍛錬し大東亜戰完遂に努力せむ。
満州軍用犬協会『鍛錬競技會の眞價』より 康徳8年