生年月日 昭和3年生れ
犬種 ジャーマン・ポインター雑種
性別 牝
地域 兵庫縣
飼主 土師参五郎氏
パピーの相當大きくなつた昭和三年の五月頃、魚崎の或る別荘の令嬢から手の平に載せられる位の時に貰つて來て、すぐ中庭で飼つてやつた。
須磨へ移つてからの初獵、生後六、七ヶ月にして山へ行き、クン〃泣きなきよく附いて來た。段々大きくなるにつれ、一擧一動何事もすべてユーモラスな處から、金澤高工の西君からドンキホーテの尊稱を戴いた。
車村から妙法寺方面へ出獵の歸途、表面凝結してゐる糞壺に飛び込んで前肢二本を鼻持ちならぬものにして、そ知らぬ顔の彼女であつた。山陰道に近い、長谷の鸐雉獵にも連れて行き、多くの人から美しい良い犬だとほめられたこともある。
處が、僕が鵯打に連れて行つたのが病み付きで、鼻でゆかずに眼と耳で、鵯ばかし狙ふには閉口した。で、昭和四年の獵期になつて、義弟黑羽に飼養權を讓つてしまつた。
新しく一人前のジヨンを買つて以來も、よくメリーと一緒に獵場へ行つたけれども、如何なる過世の因縁か、ジヨンとは犬猿たゞならぬ不仲にして、肝甚かなめの急所に於て、ガン〃に咬み合ふには匙を投げてしまつた。
淡路の鶉獵の時、二回までも咬み合つて、足を曳きひき跛行で歩いたときは、遉のドンキホーテも痛々しさうに眼を曇らせてゐた。黑羽が抱いたり脊負つて歩いたなどは、今こそ笑ひの種となつては居れど、其日の黑羽の不快さつたらなかつたらしい。
以來、今日五年の十一月まで、メリーは生れついたるドンキホーテ振りを發揮して面白い獵藝を見せて呉れた。だが特筆したいのは、メリーには似合はない立派な牝犬を、一匹生んだ事である。
セツター、デブの仔らしいが、要するにいゝ仔犬であつた。
それで僕も、二年ばかり住みなれた家を引拂つて大手の家に引越して、これから大いに良犬をと思つた矢先き、近所からの抗議に會つて、吾が愛すべきドンキホーテも或る辯護士の獵友に讓つてしまつたのであつた。
外の犬二、三も共にそれ〃の家に、大切に可愛いがるからと云ふ事を第一の條件として、……で、今日までに二三回も家に歸つて來たが、何日も迎えの人と嬉々として歸つて行つた。
おゝ、吾が愛するドンキホーテよ！鵯を忘れて天稟を發揮せよ。名犬となれよ！
『犬の素描 吾等の愛犬（昭和6年）』より