Quantcast
Channel: 帝國ノ犬達
Viewing all articles
Browse latest Browse all 4169

陽明堡攻撃参加部隊(車両故障により落伍中) ○○戦車部隊 昭和12年

$
0
0

突然バタ〃と激しい音が機關室から起つたので、三人がハツとして顔を見合はせた。と、山田の寝足りない蒼い顔が急に綻びて、甘つたるい笑顔になり「…おい〃、おどかすなよ、鶏ぢやないか。ふざけるにも程がある、こん畜生!」
戰鬪が終つて無事宿營地に着いたら料理して食はうと思つて、今朝袋岳鎮を出發するとき、農家から徴發して來た鶏を、機關室のバツテーの上に飼つておいたのを、私達は全く忘れてゐたのだつた。
その鶏が二三度バタバタと羽搏きすると、今度は喉も張り裂けるやうな勇ましい聲を張りあげて「コケ、コツコオ!」と、景氣のいゝ聲で叫んだ。
「おや、もう夜明けか」
三井が眼をギラリと光らせて機關銃の眼鏡をのぞいたと思ふと「あツ!」と聲をあげた。
「どうした!」
「敵だ!」
「敵襲か!」
「あはてるない!」
山田は叱るやうに云つて突つ立ち、砲塔から首を出したが、いきなり「不可ねえ!」と云つて首を引ツ込めた。三井の機關銃からはもう射撃が開始されてゐる。
「たいしたことはなささうだ!」
相變らず山田は落ち着き拂つて、ゆつくりと砲塔を操作して、砲塔銃で射撃の構へをとつた。私は彈藥を揃へて三井と山田に渡す役になつた。
間斷なく發射する二つの機關銃は小氣味よく火を吐き、彈藥は次々と装填されていつた。
敵は相當の兵力らしく、戰車に集中される彈の音も小銃彈のみではない。手榴彈・迫撃砲の音が、ガアン!ガアン!と装甲板に響いて、その度に戰車が動揺する。
「大丈夫かい?」
「なあに!冷やかしに來たんだよ!」
山田の沈着ぶりには何時も乍ら感心する。
「砲彈を一發くれ!一つどかんとやれば、奴等ぶつたまげて一目散に逃げるよ!」
「よし來た!」と調子よく砲彈を渡すと、山田は手際のよい操作で砲口の照準を定めて引き金を下ろした。氣持のよい發射だ。
戰車は反動でがくんと一揺れした。
敵は次第に遠退いて行くらしく、三井は射撃を中止した。
夜は白々と明けて、敵の姿は見えない。山田は砲塔からのそ〃と這ひ出して車載銃を擔ぎ、道路に出たが、暫らくして此方を振り向き、にやツと笑つて手招きしてゐる。
私達も戰車から出た。
のこ〃と傍の林の中にはいつて行つた山田が、深い叢の中から盛んに呼ぶので行つて見ると、敵の屍體が三つ轉月邸る。
しかも驚いたことには三人とも少女で、女學生らしい服装に彈帶と手榴彈とを背負ひ、傍に自動小銃を放り出して死んでゐる。少女達の屍の上に垂れ下がつた柳の枝が風に揺れて、恰も少女の生命を呼び醒まさうとするかのやうに、その白蝋に似た襟首を撫でゝゐる。
敵の前線に女性軍が活躍してゐることは噂に聞いたが、かうして武装して、果敢な逆襲まで決行した女學生の實在をまざ〃と見た私達は、戰場に立つて以來未だ嘗て感じたことのない氣味惡さを感じ、棒のやうに立ちすくんだ。
腹這ひになつた二つの屍には別に不思議はなかつたが、彈が頬から頭に抜けたらしい一人の少女は、上半身を仰向けに捻らせてゐた。
私はふと、その少女の斷髪で丸ぽちやの顔が、誰かに似てゐるやうな氣がして、さかんに過去の記憶を手繰り寄せたが、おゝ、何と皮肉なことであらうか、瞼の裏から、妹の顔が兄さまお元氣でね、と笑つて浮かび出たではないか―。
全くよく妹に似てゐる。
私は軍衣のポケツトにある妹の手紙の中から千輪菊の押花を抜いて、暫らく少女の屍を見つめてゐたが、静かに跼み込んで、その押花を少女のふつくらと盛りあがつた乳房の上にそつと乗せた。
山田が鶏を料理して朝食の準備をする間に、私と三井は車載の圓匙と十字鍬を持つて再び林の奥にはいると、すでに野犬が寄つて來て、無惨にも少女達の柔かい肉をぱり〃と咬み裂いてゐた。
私達は早速犬を追ツ拂ひ、ねんごろに三人を並べて埋め、土を高く盛りあげて、その上に咲き殘る秋草の花を手向け、せめてもの心づくしとした。

 

道路には再び皇軍の姿が現はれ、往復する兵站部の自動車隊や、前線に向ふ馬や砲車が濛々と土埃を湧かせてをり、戰車の横に朝日新聞の自動車が停つてゐて、山田と三人の新聞記者が焚火を圍んでゐた。
近づいてゐると、鶏が焚火の中に轉がし込んであつて、膝を抱いた山田が何か盛んに喋り立てゝゐる。私たちは圓匙や十字鍬を戦 車に積んでから焚火に加はつた。
すると、記者の一人が「昨夜は大變だつたさうですね」と笑ひ、カメラに入つて戴きたいとすゝめるので、私達三人は戰車の上に颯爽と立ちあがり、脚を突つ張つていとも勇壮な荒武者振りを見せた。
三井が「どうも、この、ひんまがつた髭が氣に食はん」と頬を撫でゝゐるところをぱちんとやられたので、彼はいさゝか憂鬱になり、「新聞に出さんで下さいね」と頭を掻いた。

新京バス運転手(元陸軍戦車兵)小林實『干柿と戦車(康徳6年)』より


Viewing all articles
Browse latest Browse all 4169

Latest Images

Trending Articles