先日は我が国における狂犬病豫防注射の始まりを取上げましたが
今回は長崎県に続いて東京でも導入された狂犬病豫防注射の記録です。
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栗本氏の狂犬病咬傷患者注射實験成跡に就ては既に報道せしが、今當市の二三新聞に左の如き記事ありしを以て、取敢へず其筋の人に聞合せたるに、果して事實なりと云ふ。
因て茲に之を転載す。
狂犬病(一名恐水病)は狂犬に噛附かれて發する恐るべき傳染病なるが、此一両年間は偶散見するのみにて狂犬の甚だ増殖することなかりしに、東京にては本年七月荏原郡に一名の狂犬病ありて北里博士の傳染病研究所に入院したるを始とし、同郡に十数頭の狂犬あるを發見し、次で牛込、麹町、下谷區等にも續々狂犬に噛附かれたりと傳ふるものあり。
傳染病研究所に向つて狂犬の診断を仰ぐもの多く、現に下谷區にて噛み附きたる犬の如きは真症の狂犬病畜なりし由にて、該犬の撲殺後之を傳染病研究所に送りしに、該所にては其脳脊髄の一片を採り家兎の脳に接種せしに、日ならずして其家兎は狂犬病に感して死したりと云ふ。
又既に狂犬病に罹りつある畜犬にして外貌に著るしく現はれざる為め平気に飼養せるもの尠なからざるべしとの事なるの實に危険の極と云ふべく、又後來狂犬病者の續々発生するの處なきを保せざるなり。
但し此恐るべき狂犬病は其狂犬に噛み附かるゝも幸にして直に發病するものにあらず。
大抵一箇月より半箇年間は潜伏し居るものゝ由なれば、其間に佛國パストール氏の發明したる豫防注射法を行はゞ本病を未發に防ぎ得らるゝとの事にて、傳染病研究所に於て現に其豫防を實施せられつゝありと。
東京獣医會「狂犬病豫防注射の實施」より 明治30年
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東京における狂犬病豫防注射の始まり 明治30年
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