最近の軍犬讀本(満洲軍用犬協會誌)に関東軍軍犬育成所々長の松村少佐(松村千代喜)が次の様な事件を紹介してゐる。
不注意な愛犬家の為め頂門の一針として大いに反省して戴きたい事柄なので、こゝに抄録して御参考に資さう。
★
その最も多い被害は咬傷であつて、関東州に於ける軍用適種犬に對する免税の如きも、州内に於ける犬に依る被害(咬傷最多)の三分の二はシエパードに依るといふ統計が現れて居る為、當局に於いても頭を捻つて中々認可にならないらしい。
此被害の中には、被害者の方が悪いといふ例もないことはないが、大部分は飼育者の不注意に依るものが多い。最近新京に於いて起つた事件の如きは其例であつて、大同学院の学監をして居られる恒吉大佐殿が、日曜日に子供さんをお連れになつて西公園を御散歩中、十一になる御嬢さんと八つになる坊ちやんのお二人が、小高い丘を嬉々として登つて行かれた所、頂上で反對側から突如現はれたシエパード犬の為、二人共咬まれてしまひ悲鳴を挙げて倒れてしまつた。
驚いた大佐殿は直ちに収容、自宅に連れ帰られ、萬一狂犬病が出てはとの御心配から注射をせられたのであるが、遂に其為お二人共数日を間して逝去せられ、二人の愛児を一時に失はれるといふ人生稀なる悲惨事を惹起してしまつた。
咬んだ犬はシエパード犬なる事は確か(證人もあり)だが、何處の誰の犬だか判らない。附近の心當りを捜したが結局判明せず、其為狂犬病の注射をするかしないかに就いても大分迷はれたらしい。
平素家庭に於いても犬を犬舎外に放飼ひして置く事は悪いのに、況や多数人の集まる公園内で犬を放すなどは以ての外の不徳義である。
只放す積りはなかつたが紐が切れたり、首輪が切れたりして放たれたとあれば已むを得ないが、市街を歩いてシエパード犬が勝手に徘徊して居るのを時々見る事があるが、飼主の心なしに驚かざるを得ない。
一部斯かる不注意の飼主がある為、咬傷の被害者を作り而もそれが原因となつて本事件の如き悲惨事を起すといふ事になると、未だ軍用犬に関して十分の理解のない人に、軍用犬とは虎か狼のやうな恐るべき猛獣であるかの如き誤つた認識を與へ、之が禍ひを為して軍用犬の発達に非常な障碍を生ずるといふやうな事になる虞れがあり、軍犬資源の充實上寒心すべき状態になるのである。
呉々も犬を飼はれる人は、牧場で馬や牛を放し飼ひにするやうな考へを去つて貰はねば事人命に関する重大事件を惹起し忌はしき結果を招来するに至る事を銘心せられたい。
★
全く御説の通りで、軍用犬として訓練するには第三者に對して愛玩犬見たいな媚態を呈する様では駄目だし、とすれば多分に危険性を持つ事となる。
又世間には百人の人が百人とも愛犬家ではない。この二點からも苟くも軍用犬を飼育して國家に奉仕しようとする會員各位は又一方に於いて立派な社會人としての模範を垂れて戴き度い。
LM生「愛犬家よ注意せられよ!!」より 昭和11年
↧
関東州の咬傷被害
↧