私は渺たる一若輩でありますが、軍用犬協會の一會員であつて、エアデール種の一フアンであるのです。
尤も犬を自分の物として飼ふと云ふことゝ人の犬をいぢらして貰ふと言ふことは、その意義に於て大変な相違があることは、今更言ふまでもないことと思ひます。
それは凡人の専有慾とでも言ふものであるかも知れませんが、これは多くの皆さん同様致し方がありません。
そんなわけで、私は昨年夏、城山ケンネルで生れたエアデールの仔を同ケンネルから直接譲り受けて飼つて居ます。其當時この仔犬の血統書は協會から直接送つて貰ひました。
それには勿論譲受人は私であることが、はつきりと登録されて居ます。
そんなよい血統の犬を飼ふことは、これが初めてであつたので、嬉しくて夜も寝られなかつた程です。
犬はだん〃成長しましたから、今春の展覧會に出しました。
所が思ひもそめぬ難癖を付けられることになりました。何でもこの犬は岡田の犬ではなくて、當時の審査員が自分の犬を岡田と言ふものの名義を借りて出したものだと言ふ様な捏造説です。それを聞いて私は何と言ふ失敬なことかとびつくりしました。
元來協會は何の為に會費を取つて居るらるゝのですか?
何の為に犬籍簿を備へて居らるゝのですか?
何の為に登録料を取つて居らるゝのですか?
を、先づ第一に訊きたいのです。これが協會としての第一番の仕事であるのではないのですか?
もし、右の様な噂でもある様でしたら、そんなことを言つて來るものがあるとしたら、其の時こそ備付の會員名簿を開き、犬籍簿を開いて見て、その誤りを正してやるのが協會の責務であるのではないですか?
場合によつてはそんな不良の徒は徹底的にやつつけて、正當なる會員の正當なる所有権を安全に保護するのが協會の責務ではないのですか?
私は確な人からこのことを聞いた時、早速起つつもりでありましたが、「この問題はそんな事をしなくても、今暫く待てば解決が付く筈だから、今暫く待つた方がよからう」と或人から忠告せられたので、今日までじつと待つて居つたのです。
然るにその後この誤傳が益々世間に流布せられ、又犬も追々と仔さへ生む様になつて來たので、このままじつと待つて居るわけには行かないのです。
私は私の立場からして、右の事情を明にして世間の誤解を解きたいと思ひます。
岡田稲城「釈明 帝犬に苦言を訴ふ」より 昭和10年