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野良犬黒吉

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生年月日 昭和6年(連載開始)
犬種 野良犬
性別 牡

猛犬連隊所属。通称のらくろ。



帝國ノ犬達-のらくろ
上等兵の階級章(☆3つ)を付けただけという、お手軽コスプレ画像。せめて黒毛の犬を使うとか、その辺の努力すら放棄しております。
昭和11年


僕の本名は野良犬黒吉だが、この本名はトント世間様に通じない。
ところがノラクロと云へば、相當聞こえた名で―と云うた所が大人はあまり僕なんかに関心を持たず、「はゝあ、ノラクロ軍曹……か」「ウン、ノラクロ上等兵か」位の知つたか振りをする位が落ちで、近來の僕の消息はあまり御存じがない様だ。實際の話、僕もいつまでも上等兵や軍曹で止まつてやしない。
僕もいつの間にやら少尉殿に進級してゐるのだ。
尤も僕も世の中に出て五年半になる。何とか色をつけて貰はなくては遣り切れないからなあ。

×

大人は駄目だが、そこへ行くと子供さんは僕の事をよく知つてゐる。
僕がどんな失敗をして中隊長に叱られたか、又どんな手柄を現はして聯隊長から褒められたか、一份四什
を知つてゐるからエライものだ。
聯隊長と云へば、この間犬の研究記者がやつて来て「ノラクロはもう聯隊長に出世したさうで……」にはうちの主人公―といふのは田川水泡先生のことだ―も驚ろいてゐた。
「大人はノラクロのことは何も知りませんよ。えゝ。知つてゐるのは子供だけですよ。えゝ」
この所、一寸主人公の口真似だ―。
ところで、犬の研究の記者だが、何だつてうちの主人公を尋ねて来たかと云ふと、記者先生、僕をテリアに見立てゝ、僕の身許調べにやつて来たのだ。
「―先生、どうもあのノラクロはテリアまがいですね。テリアの雑種のつもりですか」
まがひ扱ひは酷いな。どうせ元は野良犬で、ふとしたことから猛犬聯隊に入隊した僕だが、まがいと云ふとニセ物みたいで氣持が悪い。
主人公、記者に答へて「はゝあ、テリアに見えますかね。フーム、いや、さうかも知れない。小型で、様子が何處かテリアですかなあ―」
待てよ、生れは今まで知らなかつたが、元を質せばテリアの血筋……か。フーム、今度はこつちが唸つてみる。
「しかし先生、テリアにしても、ノラクロはブルが混じつてゐますね。さしづめ、ブルテリアと云ふ所ですか。誠に猛犬聯隊にはうつてつけで―」
記者先生、勝手なことを云つてゐる。

×

「先生、ノラクロはテリアがモデルですか」
この質問に答へたうちの主人公は急に口を動かす天保が早くなつて、いや我我犬族では、あゝ早く口は動かない―。
「君、ノラクロはテリアがモデルでも何でもないのですよ。テリアに見えるかも知れないが、あれは僕が出鱈目に描いた犬。いゝ加減に生れた犬なんでしてね。
當時犬の知識は何にもなく、たゞ子供漫畫に犬を出してみたらと思つて、頭の中でノラクロを作り出したんです。
だから、テリアがモデルとは云へないんですね。尤も似てゐると云へば、僕はさうですかね、と云ひますがね」
ウヘー、情ないことになつたな。
やつぱり僕には犬籍はないのかな。
何とか勿體をつけてくれるといゝんだが、うちの主人公は正直でいかん。
「しかし、何です。モデルのないことはないんです……」
これはうちの先生が、よく話すことだが、以前、牛込に住んでゐた頃、畫室の縁の下に一匹の野良犬が巣を作つて、その犬が黒と白の斑で、僕の様な犬だつた。その野良犬の姿が何となく主人公の頭にコビリついて、これが機縁となつて僕の姿が生れたのださうな。
その犬は何の種類とも云へない様な、念の入つた雑種だとある。
さうは聞かされてゐても、今の様に純粋種が巾を利かせる世の中になると、僕も何とか種類が欲しいみたいなものだ。
僕もそろ〃少尉で、妻君も貰らへる年頃だから、妻君には是非純粋種を貰ふことだ。

×

純粋種で思ひ出したが、この頃うちには素晴らしい日本犬がゐるのだ。うちの先生はこれが大の自慢で、訪客をつかまへては「どうだい、素晴らしい日本犬だらう」と鼻高々である。
尤もうちの先生と来たら自慢が一つの趣味の域に入つてゐて、「君、僕の写真は相當なものでね、自慢物ですよ、えゝ」「僕の園芸、これが君、又人前で自慢出来る位堂に入つてゐてね、ソートーぢやね、えゝ」
ところが、この日本犬を、失禮にも、シエパードと間違える人が時折あつて、現に犬の研究の記者なる人物も「まるでシエパードですね」と口を滑らし―僕思ふに、あの記者は犬が分らないらしい―それとも矢つ張り、シエパードみたいな日本犬なのかな、僕にはさつぱり見當がつかない。

×

そんなことはどうでもいい、うちの主人公は記者に向つて云ふことに「何しろ日本犬がゐるものですから、この頃ノラクロの動きが、早く云つてみれば、日本犬の影響を受けてゐると云へませうな。
それにノラクロの軍人精神なるものは、日本精神で、日本犬の気分が多分にノラクロにはいつてゐる。
自然にさうなつたんですな。
だからノラクロは多分に日本犬的といふことが出来ると思ふんです―」
野良犬、野良犬と馬鹿にしなさんな。
僕の心は日本犬―日本精神と聞くと、僕もどうやら嬉しい。心の國籍はちやんとある訳なんだからな。體は雑種犬でも我慢しちまへ。
おや、奥さんの声が聞こえる。日本犬のクマに芸を教へてゐるのだな。
クマ君は右と左がちやんと分つて、命令によつて、右手と左手の使ひ分けをする。
そんなことは僕にだつて出来るさ。
左右が分らなければ、第一、鉄砲が担げないぢやないか。

×

ところで皆さん、僕に一つの悩みがある。
子供さん相手に、朗らかな軍隊生活を送つてゐる僕だが、あれを思ひ出すと、僕の胸は悩ましくなる―と云ふのは、人が聞くと何でもない様な話だが、實は尻つぽの先を白くして貰ひたいと云ふ、たつた一つの願ひがあるのだ。
此の間、ある動物学者が話すことには、顔の先と肢の先の白いノラクロが、どうして尻つぽの毛が白くないのか、これは動物学的に見ると、誠に可笑な話だといふのである。
僕の尻つぽは先迄まつ黒だからな。
さう聞いてみると、気まりが悪くて、尻つぽを人に見せる訳にはいかない。
これではいゝお嫁さんも来ますまいテ。
それについては、うちの先生も考へてゐる。何か會があつたら尻つぽの先を白くしたいものだと大分頭をひねつてゐるやうだが、チヤンスは却々来ないらしい。
先生、早く機會を作つて下さいよ。そして僕の悩みを早く解決して下さい。
「テリア問答」の記者も帰つた。
僕は先生の机の上で、ペンの踊るにつれ、これから活躍を始めなければならない。
どりや、この邊でペンを擱くとしようか―。

「子供の人気もの のらくろ訪問」より 昭和12年


帝國ノ犬達-のらくろ


これを読んで「そういえば、のらくろって何犬なんだろ?」という謎が解けました。
とりあえずモデルになった野良犬はいたんですね。

実は私、三十路になる迄のらくろを読んだことがありませんでした。映画やアニメもあるそうですが未見のまま。
世代が違い過ぎるとはいえ、何で読まなかったんだろ?あまりに有名過ぎて、「今さら自分が読む必要はないだろう」などと敬遠していたのかもしれません。
「犬が好き」「漫画が好き」とか言っときながら、底が浅いのです私は。

絶大な人気を誇ったのらくろも、昭和16年には「この非常時に漫画なんかケシカラン」と喚く内務省のお役人が横槍を入れて連載終了。
御國のため戦った野良犬黒吉すら排除される、息苦しい時代となっていきます。


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