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Channel: 帝國ノ犬達
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ライ公(護衛犬)

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生年月日 不明

犬種 土佐ブル

性別 牡

地域 京都府→東京府

飼主 加藤朝鳥氏の知人

 

或る日、記者は玉川の丘上にある加藤朝鳥氏の寓居を訪れた。そして朝鳥氏から―あの肥つた身體を爆笑と共に揺ぶり乍ら―朝鳥氏の経験した犬の話を聞いた。

朝鳥氏は人も知る如く英文學者であり、ポーランド文學の泰斗である。又犬好きの朝鳥氏でもある。能書きはこれ位にして先を急がう。

 

 

話は一昔前、闘犬時代に遡る。京都に犬好きの或る富豪があつた。時代の寵児である闘犬を得んとて、土佐犬とブルドツグをかけて、偉大なる傑作ライ公を得る事が出來た。が然し一時華やかであつた闘犬時代が過ぎやうとするに及んでは、道楽仕事の闘犬飼育も一寸重荷になつて來た。

その頃、祇園の藝者が、何を考へたのかライ公を貰ひ受ける事になつた。恐らくあの不氣味なライ公を所有する事に依つて、自分の人氣を高めやうとしたのだらう。果然豫想は適中して、彼女は犬藝者の通り名で、一躍祇園の流行妓となつた。

それにしても襟脚綺麗な妓さんと、鬼をもひしぐやうなライ公とは、凡そ似つかぬ對照である。また此處迄流行妓となれば、ライ公とても彼女にとつては厄介者とならざるを得ない。そうした由緒付きのライ公は、何時か東京住ひの身となり、朝鳥氏の知人に飼はれてゐた。

 

 

話かはつて春の一日であつた。朝鳥氏は偉躯よろしく新井薬師のとある露地を漂々と歩いてゐると、突然黒斑の雑犬であるが、大きな犬が何と考へてか、朝鳥氏目懸けて猛然噛みついて來た。

それから數日後の事であつた。ライ公を連れた朝鳥氏の明るい顔が、新井薬師に見られた。そこには矢張り黒犬が異様な眼を輝かしてゐた。ライ公はもはやそれに氣付いてゐて、ウーと唸り聲を發した。こゝぞと許り、朝鳥氏はライ公をけしかけた。猛然ととび出すライ公、と想つてゐたのにこれは又なんといふ事であらう。のそ〃と慕ひ寄るライ公なのだ。

 

 

あゝ世は正に春だ。かの黒犬は牝犬であつたのだ。認識不足だつた朝鳥氏は完全にKOされてしまつた。

白木正光『加藤朝鳥氏とライ公の話』より 昭和12年

 


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