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初代・大江美智子一座公演「吼えろ軍犬」 昭和12年

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大江美智子(初代)が急逝する2年前、俳優犬エレックスが登場する「吼えろ軍犬」という公演をやっていました。長らく内容が不明だったのですが、今回レビューを見つけたので載せておきます(同時期には、新國劇の「進軍抄」という劇にも俳優犬たちが出演しています)。

 

大江美智子一座公演(於浅草松竹座)
山田英作並演出
昭和12年9月1日

 

今迄にも、犬を扱つた映畫、演劇は數あつたが、去る九月一日より浅草松竹座で上演された、大江美智子一座の「吼えろ軍犬」は、全く軍犬―シエパード犬を中心に、劇を構成してゐる所、時節柄とは言へ大に異色がある。

殊にあの浅草の雰囲氣の中で、シエパード犬エレツクスが、思ふ存分、自分の技能を發揮し、大向ふをヤンヤと言はせ、日延べ上演されてゐる等は、一般の人々に軍犬熱の旺盛であることを思はせて、實に愉快を感ぜしめるものだ。

 

此の劇は、今回の北支通州事件に材をとり、山内英三氏の手で作並に演出されたものである。

主要人物を紹介すると

・陸軍大佐山村信介 松浪義雄

・書生富田稔 山口三津雄

・山村大佐令嬢邦子 大江美智子

・軍犬廿五號 エレツクス

他大勢

 

劇は五景に分れて、或は平和な家庭に於けるエレツクスの戯れ、或は戰場に馳駆するエレツクスの活躍等々、艶優美智子の美技と相俟つて、小氣味良い迄に描出してゐる。

 

以下筋を追つて見たまゝを書く。

第一景 山村大佐邸

第二景 北支某大官邸の庭

第三景 通州日本租界山村大佐官邸

第四景 通州保安隊本営庭

第五景 通州日本守備隊本隊

 

 

父娘二人暮しに、書生宮田を加へた平和な山村大佐邸では、愛犬エレツクスが、平和の使者として、常に笑が漲つてゐた。

 

(1)幕が開くとエレツクスが邦子の靴を喰へて這入つて來る。見物のどよめきが早くもきかれる。續いて洋装の可憐な令嬢邦子が現はれる。細顔長身の大江美智子の洋装姿は剣戟女優より却つてこの方が相應しい位にぴつたりよく似合つてゐる。こゝで一しきり宮田と邦子とで犬の訓練が見せられる。

見物のそこかしこで「あれが軍用犬よ」とか「まあ犬でも感心なものね」などゝ頻りにさゝやかれる。殊にお掃除のお手傳ひをして、水道からバケツに水を汲んで咥へて來る動作など見物はすつかり感心して見とれてゐる。

が、突如その平和な暮しとも終を告げねばならぬ時が來た。それは他でもない、山村大佐へ、戰雲漲る北支通州特務機関への出張命令が下つたのだ。

女乍らも氣强い邦子は、父に従つて北支に行くとせがむ。恰も大佐邸を訪れてゐる、伯母有賀夫人は、その否をせめて行かせまいとする。

主人に忠實であるシエパード犬は主人の肩を持つて、反對する伯母に吠えついて追ひ出して仕舞ふ。見物はドツと笑ふ。

―暗轉―

 

(2)北支の空には冷い半月が輝いて、某大官の邸をくつきりと浮かび上らせてゐる。某大官の邸をくつきりと浮び上がらせてゐる。邸内では何の密議を凝らしてゐるのか、窓に寫る人影は頭をつきあはせてゐる。番兵は銃剣を手に右往左往してゐたが、夜も更け渡つてその番兵も何處かへ立去つた。とその時、ハンチングを深くかむり、半ズボンをはいた怪しの男が、足音しのばせて大官邸へしのび入つて來た。その後にはシエパード犬がついて來る。怪しの男は窓際にピツタリと身を寄せて、窓より洩れる話聲をノートしてゐる。

讀者にはもう察せられた事と思ふが、此の怪しの男こそは、エレツクスを連れた、男装の邦子である。認め終つた邦子はその場を去らうとするが、運悪く見廻りに來た番兵に見付けられる。何分にも多勢に無勢、今は邦子の命も風前の燈である。

危しと見た邦子は、敵に應戰し乍らも、寸前に認めた紙片をエレツクスの首輪に結び付けた。命令一下、我が家を指してエレツクスは駈け出す。見物は拍手する。

さて、多數の敵と戰ふ邦子の運命は如何なるものであらうか。

―暗轉―

 

(3)今しも山村大佐邸で、書生富田に櫛られてゐるエレツクスの顔に表はれてゐる淋しさはかくす事が出來ぬ。宮田の顔にも、大佐の顔にも。それは邦子が昨夜來歸宅せぬのだ。夜更けて、密書を持つたエレツクスが歸つたきり、今になるまで歸つて來ぬのだ。

「ネー、エレツクス。お嬢さんはどうしたんだらうねえ。お嬢さんの御馳走に梨でももいで來ないか」。

嬉しさうに尾を振り乍ら聞いてゐたエレツクスは、果物籠を咬へて來、庭の梨の樹の下に行き、籠を下して一つゞつのびをしては梨を摘み取つた。又しても見物の拍手。これはエレツクスの得意中の得意の技であるが、全くよく仕込んだものである。

その時、曇つた宮田や大佐の心を晴らすが如く、邦子は元氣よく歸つて來た。安堵した大佐は保安隊本営へ行く。邦子と宮田はエレツクスに「守れ」を命じて屋内へと去る。

此處でエレツクスの一人芝居が演ぜられる。

守れを命じられたエレツクスは、キヨト〃と庭内を見廻してゐるが、異常の無いのを知つて伏せの姿勢で番をしてゐる。と、スーと裏木戸があいて、破れた衣服にくるまつたルンペンが庭内に入つて來る。早くもそれを見出したエレツクスは、注意の眼を見張つてゐる。一足動かば飛びつかん勢ひだ。なんとかして屋内にしのび入らんとするが、エレツクスが頑張つてどうしても通さない。

ポケツトに忍ばせたパンの一片をとり出して、エレツクスを賣収せんとするが、どつこいその手は食はぬエレツクスである。今やエレツクスの威壓に恐れて身動きも出來ぬ。エレツクスの聲を耳にした宮田が現れて、庭外へと追ひ出される。

宮田とエレツクスは屋内に入る。また、もとの静けさだ。

……その時、平和を破る銃聲が轟く。ドタ〃と響く足音。女の叫び聲。子供の泣き聲。今の今まで静かであつた此の土地も、一瞬に阿鼻叫喚の巷に化した。逃げまどふ邦人は大佐邸へなだれ込む。

驚いた邦子と宮田が駈け出て見ると、そこには支那兵が乱入せんとしてゐる。負傷した保安隊員が、山村大佐の危機を傳へんと門内に辿りつくが、そこでバツたり仆れる。父の危急を知つては、邦子はそこに留つて居る事は出來ぬ。

宮田の止めるのも聞かず、手をふり切つて急がうとする彼女。それに續かんとする宮田であつたが、塀の上より放たれた弾丸は、遂に宮田に命中した。将に倒れんとする宮田は、せめても自分の代りにとエレツクスを呼ぶ。

と、猛然邦子の後を追つてエレツクスは駈け出した。此の時、エレツクスに向けられた観衆の興味は大したものだつた。

逃げまどふ邦人を見、唯一の友宮田を失ひ、もはや頼る人とてない邦子が、保安隊に居る父を思ひ焦り、可憐にも獨りで駈けつけようとする時に、只一人の従者エレツクスが、奮然飛び出したのだから、全く観衆が狂喜するのも無理はない。

―暗轉―

 

(4)保安隊本営は、暴虐支那兵に踏み荒され、その営庭には、今しも支那兵に捕はれた邦人が、足蹴にされ乍らひつたてられて行く。とその後に、力の限り抵抗したのであらう、頬には血が流れ、服は裂け、見るも無残な山村大佐が、數人の支那兵に、あらん限りの悪罵を受け乍らひかれて來る。ひかれて來た大佐は、庭にある一本の樹に縛り付けられ将に銃殺されんとする。危機一髪、現れた邦子は、矢庭に支那兵に向つて發砲する。銃聲、支那兵の叫び聲、邦子の後を追つて支那兵は走る。

その後には、樹木に縛られた大佐が悲憤やる方なき形相で、天の一角を見つめてゐる。その時、縛られた大佐の後の塀をのり越へてエレツクスが現はれる。

此の邊が此の劇の山でもあり、またクライマツクスの場面である。望み絶へた大佐が、観念の眼を閉ぢた前に、雄々しくも躍り出たエレツクスが、大佐を縛り付けた縄を食ひ切らんとして、根限りの奮闘を續ける。漸くにして縄は断たれた。大佐の眼は喜びに溢れる。

然しもはや起つ事も出來ぬまでに傷ついた大佐であるのだ。そこにうづくまつた大佐は、エレツクスを抱き寄せ、此の世の名殘を告げるのであつた。そこに再び現れた邦子、それは傷ついた可憐な姿であつた。彼女は懐しの父の膝に崩折れた。

この父娘は、あへなくも戰場の華と散るのであらうか。慘逆な支那兵の爲めに、起つあたはざるまでに抵抗し、傷ついた此の父、此の娘。然し山村大佐には、未だ殘された使命がある。それは後方にある本隊への報告だ。傷ついた大佐父娘に、此の責務が果されるだらうか。

さうだ殘されてゐるのは只エレツクスあるのみだ。かくして大佐の靴下にかくされた密書は、エレツクスの首の通信管に収められる。

エレツクスに託し終へた大佐に残されたものは死あるのみ。大佐の絶叫する萬歳の聲。その膝に泣きしづむ邦子。それ等を後にして、本隊向つて突走るエレツクスであつた。

―暗轉―

 

(5)今しも本隊では、遥か聞える銃聲に不安の眼を輝かしてゐる。遥かの銃聲は一頻り盛になる。歩哨達の不安も増す許り。そこへ山村大佐の最期の使命を帯びたエレツクスが辿りつく。エレツクスの責務は果されたのだ。早速出動命令はおりる。

その時、あへぎあへぎ辿りついたのは邦子であつた。父を失ひ、宮田を失ひ、漸く此處まで辿りついた邦子に、此の皇軍の威容は如何に感じられたか。

早くも偵察機は、あの力强いプロペラの音を響かせて、通州へと向ふ。

進軍ラツパは高らかに響く。そして邦子とエレツクスを取囲んだ勇士達は、感謝の涙を光らせ乍ら、萬歳の聲を送るのだつた。


帝國ノ犬達-吼えろ軍犬
右より
山村大佐(松浪義雄)
軍犬二十號(エレックス
令嬢邦子(大江美智子) 

 

これで「吼えろ軍犬」の芝居は終つたが、この様に終始エレツクスによつて色どられた。本名をエレツクス・フォン・ヒロセと云ひ、大阪日野七蔵氏の愛犬で、昨秋帝犬の訓練競技大會にも出場して三席の栄冠を占めたが、此處までエレツクスを訓練した日野氏の苦心や、只驚きある許りだ。

その上聞くところによると、この芝居の舞臺稽古を京都でやつてゐる最中、日野氏は突如召集されて出征し、エレツクスは一人東京へ進出し、九月一日から廿日間も日々晝夜の舞臺に活躍して、萬場の観衆に軍犬の威力を認識せしめた。その功や大なりと云へやう。

 

『日野氏エレツクス號主演の吼えろ軍犬を見る』より 昭和12年

 


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