Quantcast
Channel: 帝國ノ犬達
Viewing all articles
Browse latest Browse all 4169

8月5日の犬たち

$
0
0

 

帝國ノ犬達-ピカソ

 

犬

生年月日 昭和10年8月5日生まれ
犬種 ボルゾイ
性別 牝
地域 東京市豊島區
飼主 金子忠雄氏
身高 三十二寸
体重 八貫七百匁
白地ニ黒斑

 

八月五日十二時四十分頃、帯広警察署より囚人四人逃走したとの電話を受け直に逃走場所に大畑氏と共に駆けつけ―大畑氏はカロを、小生はジヤツクを連れてゐた―共に第一に囚人の逃走せる方向を向き、囚人の着物を嗅がせ、臭跡を追はせたが、何せ最も暑い日で捜索には非常に困難でしたが、幸ひ行先だけは二頭共に同じ道を行くので、通つた道だけは判明致しました。
併し當日は午後に至るも発見する事が出來ず、殘念ながら札内村といふところで一夜休みました。
次の日又囚人の着物を嗅がして私はバロン(ジヤツクの呼名)と共に捜索にかゝりましたが、夜になるも見當りません。札内村と止若村の中間の稲志別と云ふ村に來た時はすでに夜八時過ぎで、雨は降つて來ますし、犬も私も實際に疲れてしまひました。
私共一行は警察の人が二人、消防の人が二人、青年團の人が一人でありましたが、私は非常につかれてゐたので、警察の人と共に止若へ行つて休まんと夜鐡道に沿つて歩いて來たのです。
其の日は村の青年團、消防組、火防組合、村の有志等千人からの人が出て居りましたので、途中で警戒してゐる人に時々遭ひました。
約十丁程来た時に犬は前方を見て急に止まりました。そして糖蔗畑の中に隠れて居た囚人の二人を見て吠えだしたのです。
それつといふので犬をはなしましたら、囚人の一人に咬みつき、驚いて逃る囚人を川の中に追ひ込んだので、全部の人が集まつて川より岸に追ひ無事逮捕する事が出来ました。
河合一「逃走囚人を逮捕」より 昭和12年

 

華北の鐡道沿線に雑穀が繁茂すると、敵匪や〇〇軍が跳梁を恣にする。之等鐵路の仇敵を撃つべく吾が警備犬班は済南を中心として東に西に奔走する。

或る朝、「警備犬班高階秀次郎君は前額部貫通銃創を負いて危篤なり」との報を接受した私は、急遽現場へ走れり。

既に入院加療中の高階君は昏睡のまゝ何時覚めるとも知れぬ深い眠りに落ちてゐた。枕邊に立つた私は彼が朝夕の點呼や出動の際に大きな掌で敬禮を捧げたあの張りきつた姿を想ひ、この變り果てた姿を目のあたり見て悲嘆に暮れた。

金鵄の軍曹高階君は殊の外シエパード犬を愛好し、吾が警備犬班へ編入された人で、戰の朝は小銃を撃つて撃つて撃ち盡し、更に三階トーチカより手榴弾を投擲中遂モウシヨンが大きくなり過ぎて敵の盲弾に斃れたものである。

私はその高階君の闘へる聖地を訪るるべく翌日の午後同君と共に終始善闘し武運芽出度く莫大な戰果を挙げて意氣軒昂たる鈴木君の案内を得て現地へ行く。鐵路は八月の强い陽を受けて灼けてゐる。腰の拳銃を確つかりと握り乍ら緊張して歩く。

「高階君は靴の裏皮に穴が穿いてゐるので、この枕木を一ツ一ツ拾ふ様にして毎夜勤務を續けてゐました。犬は枕木上の同君の命令を好く守つて警戒の任を果してゐました」と云ふ説明の言葉を、私は黙つて聞いてゐた。そして高階君の警備犬を駆使しつゝ歩いたであらう枕木の跡を思ひ、私も枕木を一ツひとつ撫でる様に歩いた。

静閑な支那の部落が點綴する農園の風景、沿線は白日のもとに和かである。線路の傍の雑草の中に、ひと株のコスモスが端麗に咲いてゐた。まことに優しく高雅な花である。

私はふと故郷の秋を想ふ。高階君も一夜の勤務を果して屯所への歸るさき、この花を見て郷愁を仄かに感ぜしに非ずやと思ふと、私の感傷は一層深くなる。

陽灼けした農家の老婆が畑で働く手を休めて私に會釈してゐるが、高階君の撃たれた直後の硬直した私の感情は、この素朴な笑みをそのまゝ素直に受け入れる事を許さなかつた。

苛烈なる戰闘繪巻きの展開された〇〇トーチカに立つた私は、血糊のついた戰利品の支那の菅笠を被つて陽を除け、三階上より死闘の行はれた箇所を具さに眺める。睥睨する河の畔には今しも敵の大軍が押し寄せ來るが如き想像に捕はれ、その蠢動する敵の黒影を、今いち度睨めつけて見る。

主を失ひし警備犬は、朱い舌を出し乍ら框舎の陽蔭に物憂氣に休んでゐる。警備犬はその鼻を利して地雷の捜索を爲し得る能力は充分あり、巡察等盛んに前行し以て警戒の任を果す事も解るが、敵の大密集部隊に突入する時の訓練に對し未だしの感がある。之が研究を充分すべきである。

支那事變以來この大陸を縦横に馳駆し轉戰、何回となしに負傷し、尚も我が華北交通の警備を志し、遂に斃れし高階秀次郎君に續く丈夫は蜒蜿たる鐵路に闘魂に燃えつゝ鐵路の警備に就きつゝあり。

私は心からこれ等の若き櫻花にも譬へむ警備犬と共に在る武人の多幸なるを祈るのである。戰は明日も亦あるだらふ。

土屋久信『済南よりの便り・花咲く戰場(8月5日)』より 昭和19年

 

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 4169

Trending Articles