私達は協力部隊の肉彈戰を見るのも初めての事であつて、深く深く印象付けられたのも當然であつた。内地に於ける演習でも突撃喇叭が鳴り渡つて勇ましい喊聲が起ると自然に身の毛もよだつ思ひがするものだ。
まして戰場に於ける喊聲は勝負將に決せんとする瞬間でもあつて、敵も味方も最大の力を發揮して喰ふか喰はれるかの一六勝負でもある。思はず手に汗を握つたとは見る人達の叫びでもあつて、前線の勇士達には感謝せずには居られなかつた。
十月の三十日となる。敵地に第一歩を踏み占めた思ひ出深き十月も暮れんとするのであつた。
其の頃私が良く軍犬を連れて歩くのと、野犬と違つて言ふ事を良く聞くので兵士達も關心を持つ様になつて來た。戰闘の暇には寄つてたかつて、訓練を眺めたりした。
戰場の軍犬は陣中の無聊を慰めるにも良いと思つた。
武境啓『犬と兵隊』より 昭和13年