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馬賊とハンター 昭和6年

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満州奥地へ赴く技師や商人や学者は、たびたび馬賊の襲撃を受けていました。金品を奪われるだけならまだしも、なかなか凄惨な話が幾つも記されています。一足先に出発した商隊が全滅している現場へ遭遇したり、誘拐された邦人の解放交渉に大陸浪人が駆け回ったり、犠牲者の埋葬地点を何年もかけて捜し出したり、「大陸の浪漫」と現実は違っていたワケですよ。

今回ご紹介するのは、人里離れた猟場へ狩に出掛けたハンターたちが、馬賊と遭遇したお話。

たとえ猟銃を持っていても馬賊にかなう筈がなく、獵犬と一緒に逃げ帰るのが精一杯でした。

 

 

遼河に群る鴨雁と走力の強い平原の雉

滿蒙に巣喰ふ馬賊の群!東部蒙古に蕃殖する雉子の群!

「オイ、雉子だ!ウオーツ……居る〃、雁、雁!……鴨、鴨!……」

列車の窓際に集つた四、五名から異口同音に早くも歡聲が上がる。滿蒙随一の稱ある東部蒙古の一端に位置するS獵場は、全滿洲のニムロツド達に金的として目ざされる處。

われら獵友によつて今シーズンの先陣を決行したのは、四洮沿線に秋色闌はな九月廿八、九日の兩日。定時刻に列車はS驛着。豫て配慮に預つたS驛A助役氏の御盡力で、直ぐに獵場に向つて出發。

道程参哩、眼前に展開する廣野は東部蒙古につゞく平原。點在する無數の砂丘陵は吾等の行を迎ふるが如く、秋晴れの心地いともすが〃し、遼河の支流は滔々と流れ、丈けなす水草、奇鳥の囀鳴、或る異國的な情趣は、遠き成吉斯汗の覇業の跡も偲ばれる。

やがて一發……二發!

おそらく彼方此方の丘に好ゲームを見出したのであらう。

心地よき銃聲は碧落の秋天に谺して静かな平原の空氣を振はす。と、見れば幾百千とも知れぬ、雁、鴨の群は、泰平の夢を不意の闖入者によつて破られ、驚起亂舞するさまは物凄いばかり。

田丸亭之助氏の『遊獵四十年』に、奉天附近の鴨が如何に多かりしか、それは池の水が見えなかつた位と云はれたが、これは決して過言には非らず、こゝでは寧ろそれ以上である。

人にはさまで恐怖を感じない雁、鴨を何人が想像し得よう。

砂山、草原、畑地―地面に印ぜられた無數の足跡。正しく雉の群!

まだ生新しい足跡!直感的に腦裡に浮かぶ策戰。

追跡!犬は狂氣のやうに前方を、注意深い足並で追ふ。飛翔力よりは寧ろ走力の強い平原の雉だ。

やつと小高い丘に追ひつめた。犬はます〃高い臭ひを付けて行く。一歩、二歩!ゲームは次第に近い。

ポイント!

息づまるやうな犬の姿態。確かに群れ雉だ。

躍る胸を静めて「ヨーシ、行け……」

命令一下、犬の勇敢な突進。

ブル……、ブル……、ブル……。舞ひあがる金的!

タン、タン、タン!……ブローニングは火を吐き、すさまじい廻轉をした。九羽の雉は、前方の高粱畑に二羽、右手の川端の柳蔭に二羽、遠くへ一羽、左手の小森に手負ひが一羽、飛び込んだ。獵友は右手、左手へと、予は前方の高粱畑へと。

畑に入ると、直ぐ犬は香を付け始める。

雉もさるもの、ひた走りに走つて遥かに向うから飛び立つ一羽、射殺圏から危うく遁れんとするやつを、次射にて羽折にして落せば、又も走る。走れば、犬も又逃してはとばかり後を一散に追ひ、首尾よく捕へて持つて來る。

殘りの一羽を捜す内に香に付く。次第に近くなると思ふ間もなく又もや前方から遠く飛び立つ。南無三!とばかり追ひ打ちに、タン!傾いて右に方向轉換しやうとするところ次射、打ち落す。

遠く、近く、斷續して銃聲が聞えて來る。眞に肉躍る。遠望せんと、小高い前方の丘に上らんとすれば又雄雉子一羽、初射でもろくも落す。

かうして追ひ、攻めて、一日は終つた。歸途に就くべく一同が揃つたのは赤い夕陽が地平線に沈まんとする頃。

途上、木ツ端天狗の話に花が咲いて實のなる時、今宵の夢を托す宿所へとついた。

 

炕(カン)の上で酌む灘の生一本

宿屋、もちろん此の界隈のことゝて支那人の旅宿である。鼻をつく異臭、それでも疲れた身體を横たへれば、忨(床下で火を焚くオンドル)の温みは四肢をいたはつて呉れる。

旅宿といつても實は木賃ホテル。氣のきいた宿屋は鄭家屯まで行かなければない。飯、寝具を御持参のお客さんである。

夕食、携へた灘の銘酒を抜けば疲勞は何處へやら、またしても手柄話に火のやうな氣焔。

暗い十八世紀初期に使つたかと思はれるランプの灯も明るくなつたやうだ。

一人、二人、疲勞とホロ酔ひは苦もなく勇士を倒して、何處かの夜の世界でシヤンデリアの下にモガ、モボ連の靴音高らかな頃を、豚の仔のやうに早くも安らかな鼾きが聞え始める。

忨の温みは心地よい程である。

突然右端のS氏が飛び起きた。何事か?と聞けば、「南京虫の襲撃だ……」と。

これは〃と警ゝ、予もすでに手首足首と出た所だけ、何時の間にか無數に喰ひ荒されてゐる。

傍らを見れば遉は勇士、なんの南京虫が、喰はゞ喰へとばかり、大の字に肥滿の巨躯をN氏が投げ出してゐる。

打更(支那人の夜警)の打つ銅鑼の音に夜のS部落は深々と更けて行く。時折放す洋砲(馬賊へのデモンストレーシヨン)は夜の静寂を屋びり、犬の遠吠えは又一入寂しさを増す。

少時まどろむ間に夜はもう明方か、東天の白むるのを覺える。

毛布の中から匐ひ出すと、朝の空氣は犇と身に染みて秋とはいへ冷え〃と肌に粟粒をつくる。

 

朝露に濡れた柳林の獵場を下流へ

朝食を炊事班が炊く。熱い飯を腹一ぱいにつめ込んで、愈よ本日の策戰。

一行中六名は昨夜の終列車で歸り、殘りの七名で最後の一頁を飾らんとする。

協議一決!下流の柳林を攻めんと、七時半一行の荷物を一先ず驛に送り、人夫を雇つて下流へと河添ひに下る。

雉子の足跡が砂土の上にポツ〃散見する。目的地の柳林に到着した、が、林は雨後のやうな露で入られず、乾くのを待つのも無駄なことゆへ、一先ず下流へ下れる所まで下り、時經て流れを後戻りすることに決し、下流へと向ふ。

下ること約五哩、高粱を取り込んでゐる支那人の農夫が「旦那、今し方、向ふの柳の中で雉子が鳴いてゐたが、あすこは何時でも澤山ゐるよ。早く行くがいゝ。あそこには屹度ゐるから……」と云ふ。

いゝ加減のことをいふと、あしらひ氣分でゐたものゝ、どうせ行く道だひやかし半分行つてみようと、大した期待もせず、行く手に展がつた柳の森にさしかゝる。

と、これは意外、農夫の言は偽りにあらず、見れば地上には無數の雉子の足跡が記されてゐる。一同は頓に活氣付き、それとばかり若干の間隔をおいて一列横隊で進めば、いきなり左端の方から雌雉一羽、羽音高く舞ひ立つた。

タン……タン……。

梢の朝露を震ひ落すかと思はれるやうに静かな森に反響する。

「やつたか?……」

語尾の上つた聲。

「やつたぞ!」

M氏の勝矜つた聲音。

右翼の方では又銃聲二發。犬の活動は益盛んになる。

前進又前進。暫く行くと、開けた畑地に出た。

最右翼のY氏の愛犬が、呑み込むやうにポイントする。

「さあ居るぞ……」

聲掛け合してゐる間に、逃げ足の早い此地方の雉は早くも走つて、三十間ほど彼方より麗しい翼を朝日に力一ぱい擴げて飛び出した。

つゞいて二羽、三羽、四羽、と九羽の雉は遠く三方に飛び去つた。

 

突如!拳銃を放つて馬賊の來襲

そこで各自は思ひ〃の行動をとり、部分的な捜索に九羽の雉子を追ふ。程經た頃から各所に銃聲が上る。

ゲームに遭遇したのであらう。

青鷺は大きな翼を擴げてフオツカー機の如く旋廻してゐる。

突如!耳をつらぬく異様の音響!

バキン……、バキン!……。

拳銃だ。拳銃だ。山の手からだ。

吾等の平和と喜悦は、一瞬の内に破られた。

馬賊!馬賊だ!……。

バキン……、バキン……、引き裂くやうな肝高い音響は、極度に神經を緊張さす。

「オイ、I氏があの方面だらう、どうも氣懸だ。行つてみよう……」

「オーイ、……Iさん、オーイ……」

聲を絞つて叫べど返辭がない。

「オウイ、おかしいぞ……」

「變だぞ……」

「よく捜してみよう」

あつちこつちと探してゐると、横手の柳の中からヒヨツコリ、I氏。

「なんだ、こゝにゐたのか……」

「然し今の拳銃を聞いたか。どうも怪しいよ。あちらへはS、M兩人がいつてゐる筈だ」

「兎も角、行つてみようぢやないか」

「よし行かう」

五名の者が揃つて、皆氣色ばんだ顔で、東方の丘―、今發射した方向へと進んだ。

「オーイ……」

「オウイ……」

遠くから聞えるのは確かにS、M兩氏の聲だ。一同皆顔を合せて安堵の胸を撫でおろした。

「マア皆さん無事でよかつた……」といふのは團長格のS氏。

「今先き二發打つたのは、確に拳銃に違ひない。其の内一發は僕の前の水溜りの水を撥ね上げたよ」

とS氏は重ねて言ふ。

圓陣を作つて皆思案顔だ。顔面神經が極度に動いてゐる。

「殘念ながら、これで引上げよう……」

柳の切れ目から丘上を見れば、正しく馬賊。良民を苦しめ、平和な部落への侵入者。天に代つて征伐し呉れんと思つても、それは餘りに無謀。

相手は精鋭な武器を所持して神出鬼没、滿蒙の廣野を縦横に馳驅する有名な馬賊だ。

しかも目前五百米突附近の川岸に、一列に散開して長銃を擬してゐる。

支那兵も保甲隊(支那の匪賊討伐隊)もゐない。居る者は獵犬を連れて狩りする吾々日本人のみだ。その吾々に對する敵對行爲だ。

さうだとすれば由々しき大事が持ち上がる。

砂丘上の五、六名は頭目か?中腹の一軒家の周圍に約十四、五名。散開してゐるのは、目に附くだけで十五、六名。

散開せる部下には、時折頂上の五六名の内から傳令が下りて來る。何事かを謀んでゐるに相違ない。

散開線の前方に斥候らしい、怪しい二三名が、無氣味に吾等に付纏つてゐる。發砲は時々、斷續して頭上を唸つて飛んで行く。

ピユーツ!ピユツ!

ダムダム彈が無氣味に唸つてくる。

ピユー……ドカン!洋砲(先込み式銃)だ。時計を見れば未だ十一時半。實に殘念だ。

だがこれも仕方ない。後退して晝食を喫し、河舟で向岸に渡り歸途に就く。

渉獵僅か二時間にして引上げなければならないとは、然かも不快な印象を殘して歸ることを、一面には檜舞台の馬賊に初の御目見得した土産話の一つ増したとはいへ、殘念なことは此上もない。

安堵の内にも追はれるやうな暗影を感じながら道を急ぐ。

やつとS驛に歸り着いた。打ちくつろいだ氣分でプラツトフオームの木陰に獵装を解いた。

列車中に運ばれた獲物は、車掌の讃辞に急に肩身が廣くなつたやうだ。

S氏の招待に食堂車は日本人萬歳の聲だ。午後六時五十五分、定時より遅るゝこと五分にして四平街驛着。

南滿洲本線に乗り換へて、明月の天頂を過ぎる頃無事歸宅して、翌朝までは温い床に南京虫の襲撃もない安全地帶に足をのばして熟睡した。

 

×××××

 

顧れば、初めての獵場に狩りすること一日半なれども、實際は僅かに八時間足らず。それによつて獲たる雉子總數五十餘羽。七名の射手、五頭の獵犬で不案内の獵場にてこれだけの獵果を擧げたことは先づ十分だと思ふ。

斡旋の勞を給はつた四驛淺野茂夫氏に深く感謝する次第である。

尚ほ獵犬も、該地方の雉子の習性に對して全く未經驗であつたに拘はらず、よく活躍して呉れたことも滿足であつた。

該地方の雉子は豫て高麗雉子と聞いてゐたが、實際は左にあらず。走力の強い事、犬に臭ひを付けられては尚ほ走る事、其の上体重の輕いためか遠くから立ち易い點など、何れも高麗雉とは別の習性を有してゐる。

從來大連、奉天各地方から始めて出獵して失敗してゐるのは、此の雉子の習性に全く獵犬が不慣れなのと、それに對する策戰に無關心であつたことゝ推察する。

 

滿洲A市 T・O生『四洮沿線快獵記・馬賊に襲はれた雉の初獵』より


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