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Channel: 帝國ノ犬達
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武岡軽便鉄道・犬の運賃クレーム編(大正7年)

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かつて福井県に存在した鉄道会社「武岡軽便鉄道」。

昭和20年に福井鉄道と合併したあとは南越線へ名称を変え、昭和56年に廃線となったそうです。

大正7年12月7日夜、北陸地方への狩猟旅行へ出発した打花氏。しかし北陸線から武岡軽便への乗り換え案内を巡る駅員の態度に激怒した彼は、その後のトラブルも重なって鉄道会社へのクレームを書き散らしました(ついでに犬の運賃を踏み倒しております)。犬を連れての旅行も、ナカナカ大変だったのでしょう。

※戦前における犬の鉄道輸送問題については他の記事をどうぞ。

 

 

夜行列車の事だから、随分寒さの用意に襯衣(シャツ)なんか着込んで居たのと、今一ツはスチーム・ヒーターの効力があつたゝめか、否々定員以上の乗客がお互にガス・タイトされて居るのだから其割合に温かつた。

米原を發し、長濱、虎姫を過ぎ北陸線になると、サア天候は惡るい。車窓雨は斜に、霙さへ交へて、射付くる光景は、實に凄まじいものである。

通過であるべき各驛を悉皆停車する。

まだ江越の國境を突破せない中に、はや天明となつた。敦賀に着いたとき、遅れ序だから下車して、旅團司令部に獵好きの大尉を訊ねて獵況を耳にしやうとも思つたが、それも天候のため中止した。

 

午前九時半武生驛に下車して、武岡輕鐡に乗換へ、其終點岡本新といふ所まで行く。

茲に尤も滑稽にして且不都合なのは、此輕鐡の營業状態である。獵犬輸送に就いて、賃金取立の方法は、社規に依つて院線と同様に規定して居るが、其實際輸送に就ては、何らの設備も無く、随つて何ら責任表示の手當もなさない。

吾輩は兎も角、驛員の言ふが儘に、貨車の中に乃公自ら犬紐をとつて、突立つことゝなつた。一輛の客車に一輛の貨車、それを不規律な軌道に、亂暴な曳き方をするのだから、全く耐らない。

殆んど腦を破壊しさうであつた。

 

こんな時間が、三十分餘りも續けられた。

漸く終點の岡本新といふ停留所へ着いた。こんな無責任な取扱振りで、而も犬は一頭に付き金廿五錢といふ賃金を要求する。

全線一人の乗車賃が十九錢(三等車のみ)である所へ、更に犬だとて賃金廿五錢を取ることは、愈々怪しかる次第である。

こんな場合には、乗客の賃金を取らぬか、但しは犬の賃金を無にするか、何れか一方の取立てゝ滿足せねばならぬ。

吾輩は此點速に社規の更生を必要とし、院線と今少しく完全な連帶輸送を行はねばならないことを指示して遣つた。

 

此の問題は、此線に犬を連れた乗客は、常に起るところである。

而して何時も有耶無耶の裡に没して、根本的の解決がつかぬ所であると、即ち權利思想に乏しい、所謂無神經に近い者なら兎に角、苟くも多少權利といふ觀念の有るものなら、斯の如きは、殆んど義務の無い支拂は爲されたものでない。

賃金は僅か廿五錢であるけれど、吾輩は支拂を中止して、之に代ふるに其理由を書き、以て重役會の問題に提出す可く、提供して置いた。

武岡輕鐡たるもの、速に社則を改正するか、但しは完全の連絡輸送を實行するか、孰れにしても、これでは交通機關を以て、營利する會社としては其義務に背ゐて居る譯である。

米原から乗換へて同乗した、東京歸りの一紳士と心安くなつて、種々雑談する中に、件の紳士は、吾輩が終點に下車してから、人足の雇入に困るだらうとて、今立郡岡本村長黑田氏への紹介状を呉れられた。

 

滋賀 打花獵夫『雑筆』より

 

以下、狩猟編へ続きます。


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