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Channel: 帝國ノ犬達
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朝鮮半島の大型犬

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朝鮮半島には早期から洋犬や唐犬などが持ち込まれていました。
その辺は200年程前の絵画から判るのですが、これらの洋犬やチベタン・マスティフたちが朝鮮在来犬にどのような影響を与えたかは不明です。

今回取り上げるのは大正時代、朝鮮半島の黄海道にいた大型犬の記録。
珍島犬や豊山犬なのか、それとも他の犬種なのか興味があります。

因みに、今回登場するのも2年くらい前に載せた記事 の中村さんと、彼を招いた金さん。
あの虎退治の後日譚です。



此村落(※青石頭村)の前面には一条の小川が走つてゐるが、之を遠方より打見た所、川面は全面厚く凍結してゐる様子である。
折しも空の一角より数百といふ鴨の一群が現はるゝと見るや、僕の頭上を掠めつゝ向ひの村落と山との中間に廣けた畑の上へ、吸はるゝが如くに舞ひ降りた。
此の豊富なるゲームの姿を目撃する以上は、僕たるもの如何でか散策などに時を空費するを得んやである。
傍の金氏も之を眺めて、朝夕は殊に鴨の大群が畑に飛来しては餌を漁つた後に再び飛去るの常なることを僕に告げたので、茲に草々温突(オンドル)の中へ取て返し、出動の用意もそこ〃に十發の弾丸を携へて故意と猟犬をば引連れず、鴨の下りたと思はるゝ地點を目指して単身足を進めて行く。
やがて畑を一眸に収め得る場所に達して尚ほ良く之に注目すると、幾百とも知れぬ青首が恰も胡麻を撒いたやうに畑の上に散點して甚だ見事である。
一方には可也深い溝が続いてゐるので、是れ幸ひと戦線の塹壕に見たてゝ躯をその中に隠し、溝を傳ふて一挙敵の第一線に肉迫せんと試みたのである。

時分を見計つて徐〃に首を延ばして見れば、果して前方約二十間の畑は見事青首を以て埋められ、その壮観云ふばかりなき有様に、幾度か斯かる光景に接してゐる僕も思はず胸の高鳴りを禁じ得ぬものゝ、併し勉めて沈着の態度を持して徐ろに先づ用意の三號弾二発を装填した。
扨て、其處で銃を溝の縁に据え、上半身を伸してゲームの群の真唯中と覚しき箇所に狙點を定め、今や引金を引かんと凡ゆる意識を銃の上にのみ集中したその一刹那、突如僕の後方に當つて異様なる物音が発した。

不意を喰つて少からず意識を乱され後方を顧る間もあらせず、一つの黒い物が僕の潜んでゐる溝を躍り越え現はれたので、鴨の群れは愕いて一時に舞ひ立つ、物音の方に気を取られた僕も、瞬間的に再び鴨を狙つて撃ちは撃つたが、既に少しく機會を失して漸く二羽を仕止めたに過ぎなかつた。
此の黒い獣は僕の宿で飼つてゐる純粋の朝鮮狗で、普通の犬に比較すると三倍以上の大きさがあり、京城附近で到底見ることの出来ぬものである。

全身には漆黒の毛が密生して、一見すると如何にも狂暴らしいが、性質は比較的温順であつて僕が金学均の宿に着いた當夜は、見慣れぬ内地人の姿を怪しんでか非常に吠え着いてゐたが、残飯や肉の餘りを与へると不思議に能く人に懐いて、今朝は既に飼主の如く僕の後を慕ひ来るのであつた。

折も折とて肝腎な射撃の刹那を邪魔されて、心甚だ穏かでなかつたが、無心の彼がしきりに尾を振つて躯をすり寄せて来るのを見ては一時の不快も忽ち念頭より消え失せて、却つてその圓い頭を撫でゝやらねば済まぬやうな一種の可憐さを覚えたのである。

さり乍ら此の朝鮮狗の邪魔さへ入らねば、優に十羽位の鴨は獲れたものと思へば其の未練は中々に深いものがあつた。
斯くて最早同じ場所では猟が出来なくなつた為め、余儀なく此處を見限つて、一先づ宿へ引揚げ、温突の中に朝食を喫したる後、担車(チグ)二名を雇ふて同村を後に麒麟場を指して発足した。

中村生「癸亥劈頭の試練」より 大正12年


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