生年月日 昭和10年
犬種 シェパード
性別 牡
地域 台湾
娘の可愛い許婚者が、臺湾名物の物凄い嵐の夜を苦しみに苦しみ抜いて、翌朝嵐が去つたと同時に、静かに死んでしまつた。
ヘッテル(ウッヅの直仔)は私の娘グスター(クルトの直仔)の許婚者として公田氏夫妻の寵愛を一身に集めて、六ヶ月まで順調に育つて来たのであつたが、ヂステンパーの為に囚はれ七月三十日不帰の犬となつてしまつたのである。
どうも私の性質として、こんな文章が書けない。
勿論出来るだけの看護や手當は怠らなかつたのであるが。
発熱より始まり、食欲絶廃、肺炎、無欲状態、庭の隅の檳榔樹の根元に可愛いヘッテルの死骸を埋める穴を掘るまでは、それは一ヶ月にも満たない短時日ではあつたが、長い永い人生の哀詩を、しみ〃と味はつた様な気がするのだ。
可愛いヘッテル。
死の断末魔まで、主人の身體に他人の手を触れさせなかつた。
主人思ひの可愛いヘッテルを亡くした古田兄が、八月十三日犬界の為に東奔西走、州廳の中廣場に四五百名の警察関係者を集めて、一楽荘の警察犬フライアの實演を公開し、臺湾警察犬界の熱をたかめた。
坊さん呼んでお経を読んで貰ふばかりが愛犬の慰霊になる譯のものではない。ウチの主人は熾に我党の宣傳をしてくれると蓮の「ウテナ」の彼の世とやら、キツト彼の大きな尾を振つて、ヘッテルは喜んでゐるに相違ない。
愛犬の死を見てS犬熱がスッツカリさめてしまうのが、犬界の人情であるのに、古田兄は更に本格的の熱を出した譯である。
M生「臺北便り」より 昭和10年
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ヘッテル(愛玩犬)
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