生きて無事、日本の港に着いてゐれば、過日の展覧會で将に一九三三年の日本ジーゲリン間違ひなしと云ふ、玉置さんの名犬デルフエ。
憐れにも船中で発病、手當の甲斐もなく遂に日本を見ずに航路を逆にとつて死亡。其通知を受けた玉置氏、毎日世界地圖へ朱を入れて昨日はあの辺、今日はこの辺、あと何日で横濱着と子供がお正月を指折り数へて待つて居る様な心もち程あつて其悲歎やる瀬なく、少々神経衰弱の気味で、友人慰めるのに骨が折れた位だ。
それが先日銀座の千疋屋に現はれて坂口氏、堀内氏等の青年を引き具して、この人達を相手に気焔を挙げてヤケに大きなメロンを切らしたり、一粒よりの苺をギヤマンの皿へ盛つてクリームをあたり近所にふりまきながら、手を振り足を躍らして居るので「こいつは少々、来たかな」と思ひながらそつと聞いて見ると、これは又、近頃、インフレ的な話でデルフエの死んだ保険料が、シコ玉懐へ入りこんだのだそうで、相馬、松本両氏に往来して最近のオツフアーに依つて、其血統を調べては、あれか、これかと首をひねつてゐる。
次の名犬の大森を徘徊するのも近いうちだらう。
田島庄太郎「シエパードは放送す」より 昭和7年
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犬は死して保険金を残す
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