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Channel: 帝國ノ犬達
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霧島山噴火と犬の犠牲・明治33年

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「霧島」で連想されるのは、天の坂鉾とか竜馬夫婦の新婚旅行とか焼酎とか金剛型戦艦とか大関とか鋼鉄のガールフレンドなどイロイロあるでしょうが、その美しい姿とは裏腹に危険な噴火を繰り返している活火山群でもあります。

温泉が湧くエリアも大部分は鹿児島県側であり、宮崎県側は降灰被害を相殺できるような役得にも与れない貧乏クジ状態。だから霧島裂罅水で焼酎を造るか、チョウザメを養殖するしかないのです。あげく、大淀川水系がカスピ海化しつつある今日この頃。ホゲー。

 

火山の麓で暮らすということはそれなりの覚悟と諦観が必要で、「たまの降灰でこれなら、豪雪地帯の暮らしはもっと大変なんだろうな」的な現実逃避も加わって、人々はシラス台地に留まり続けているのです。

たまの降灰といっても、結構な勢いで噴火された場合はシャレになりません。

2011年の新燃岳噴火では広範囲に亘って大量の火山灰が降り注ぎ、更には桜島の火山灰まで飛んできて周囲一帯が灰色の砂浜状態に。当時は散歩中の愛犬に手製の防塵マスク(紙コップの改造品らしきもの)を装着させている人も見かけました。

火山灰どころか火山弾や火砕流の直撃を受けた事例も多く、中近世から多くの住民や家畜が犠牲となってきました。近代に入っても噴火は途切れず、降灰被害を受けた山麓の陸軍軍馬補充部が沿岸部の高鍋へ移転したという記録もあります。
そして明治33年2月16日の御鉢噴火では、火口から1500mほど離れた場所でハンター2名と猟犬が犠牲となりました。

 

DSC02551_R.jpg

2011年の新燃岳噴火。噴煙が流れるルートに沿って大量の火山灰が降り注ぎます。

 

宮崎縣の霧嶋山は去る三月十六日(原文ママ)噴火して死傷者を出せるが、當日北諸県郡西嶽村の松原市助、池田和助外三名は、鹿猟の爲め六頭の猟犬(※実際は7頭)を率きて同山に分登り居たるに、俄然轟々と物凄く震動し始めたるより孰れもアナヤと打驚きて驀地に麓の方へ逃げ下らんとする途端に、忽ち火煙を噴出して岩石を迸らせたれば、松原、池田の両人は其場に即死し、他の三名は重傷を負ひて生命の程も覺束なく、猟犬も三頭即死して三頭は行方不明となりたり。

『霧嶋山の噴火と銃獵家の死傷』より 明治33年

 

明治時代の宮崎犬界については、柳田国男の『後狩詞記』など僅かな記録しかありません。日向地犬や椎葉犬(実は、鹿児島県から日向細島港へ海路で移入された和犬)やポインターやビーグルの渡来時期など、狩猟が盛んな地域ゆえに知りたいことはたくさんあるんですけどね。

その数少ない記録のひとつが噴火による犠牲というのは、やり切れないというか何というか。

 

 

 

 

 

 

 


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