教育軍犬紙芝居・戦線に吠ろ軍犬 第四篇「倒れて呼ぶ朝日號」
原作 福島宇次郎
脚本 山北清次
絵畫 木島武雄
製作 第一畫劇社
発行所 神戸軍犬学校
昭和18年12月
時は昭和十五年四月中旬のことでした。
七十三頭の軍用犬の徴兵検査がありました。
其内、「朝日號」等の十二頭が甲種合格になつたのです。
「朝日號」たちは 一日も早く出征する日を楽しんでゐました―。
(ぬく)
①
いよいよ四月二十二日の午前八時〇〇驛より
福島輸送班長に引率されて、〇〇地へ向つて出發いたしました。
(間)
翌日、〇〇港に到着しました。
ところが 全國から〇〇〇頭の軍用犬と 付添員〇〇名の大勢であつたのです。
(間)
その日。
一日軍用犬等も休養し 又からだの手込みを致し 後 軽い運動をして休んだのです。
(ぬきながら)
翌日、二十四日、〇〇港にて―
②
軍の輸送船に積み込み それから犬箱は 甲板の上にぎつしりとならんだのです。
(短い間)
故國!左様なら。
ワン、ワンと吠えつゝ勇ましく
大陸へ向つて出發いたしました。
(間)
船は七百五百頓の大きな船でした。
又 速力も大変早く進んだのです。
(間)
翌日、夜中二時頃のことでした。
大風や大雨 また「かみなり」がなつて、見る間に大時化となりました。
甲板の上には波が打ち揚り 軍犬等は浪にさらはれるやうになりました。
(サツとぬく)
③
其時、集合ラツパの下に付添員は一人一人腰にロープをしばりつけ 必死の働きをしたのです。
其の甲斐あつて 「朝日號」たちは一頭の怪我もなく 五月二日の朝方 目的の敵陣地へ上陸しました。
後、〇〇部隊に配属されたのです。
其後は、晝となく夜となく猛訓練を受け いよいよ七月二十五日午後十一時頃のことでした。
第一線の守備警戒 又傳令の命令が下つたのです。
(ぬく)
④
我が獨立守備隊と通信隊の軍犬班〇〇頭は
〇〇第一線の守備に着いたのです。
あくる二十六日の夜あけ方、敵兵は大軍をもつて
我が陣地に押し寄せて来たのです。
我が通信隊の軍犬班の働きは實にめざましいものでした。
(ぬく)
⑤
敵兵は我軍の少数とみるや「コシヤク」にも戦闘を繰り返し 猛烈に機関銃又は迫撃砲を持つて敵弾は雨 霰と飛び来るのです。
我が獨立守備隊軍犬班の一隊は 敵大軍の奇襲を受け 全員は火の玉となつて猛反撃したが 敵は大軍を増すばかりです。
(ぬく)

⑥
此の時「朝日號」はワンワンと吠えつゝ、山中軍犬班長にかみつくのです。
「ヨウーシ」わかった。
此の傳令書を首輪にかけ本部に行け。たのむぞ……。
朝日號は命令傳達の大使命を帯びて 矢の如く走つたのです。
(ぬく)

⑦
敵兵は「朝日號」目がけて 銃火をタン、タン、タンと雨 霰とあびせるのです。
「朝日號」は す早く「トーチカ」の中にかくれ 音がしなくなると 又 矢の如く走りました。
(さつとぬく)

⑧
此時 又 タンタンタンと敵弾は 朝日號の左足を打ちましたのです。
しかし 「朝日號」は「なあーにくそ」此の大事な任務を果すまでは と足を引きずりながら 本部へ漸く連絡しました。
(ぬく)

⑨
本部では「朝日號」の通信書により、第一線へ直ちに後援隊を出動せしめ 難なく 敵陣地を占領致しました。
「萬歳!萬歳!」
此の戦ひに皇軍兵士にも劣らない働きだと「朝日號」は部隊長殿より、お賞めの言葉を戴きました。
(静かにぬく)
⑩
「朝日號」等は戦場で どんなにひどく負傷をした時でも、進軍ラツパが聞えると ビツ〇を引き引き兵隊さんに附いて行きます。
軍犬の内で 一匹が負傷すると、丈夫な犬は傷ついた犬を自分等の間にはさんで 其傷口を「なめ」てやりながら行進するのです。
(間)
このやうに もの言はぬ犬でさへ 友達同志は仲良く御國の為めに働いて居ります。
皆さんも軍用犬に負けないやうに 御友達と仲良く勉強して立派な「日本國民」になつて下さい。
(暫く間をおいて)
(静かに、静かにぬく)

⑪
十一月二十三日より 〇〇戦に於て行動を開始せる中隊長は更に敵陣地内の様子を探るべく 軍犬班の山中班長殿と「朝日號」が斥候の任務についたのです。
前の方を警戒しつゝ前進いたしました。
此の附近は至る處小さい笹原でした。
尚ほ真暗な夜で一寸先もみえず 又幸にして風も強くてピユーピユーと吹くのです。
山中斥候兵は敵兵に知られぬやうに静に進みました。
(間)
ところが約二十米程 前の方を前進する朝日號の異様な泣声「ウオー」「ウオー」と呼ぶのです。
(ぬきながら)
此のさけび声によつて敵陣地のあることを発見したのです。

⑫
斥候は一時停止したのです。
山中班長及朝日號は「伏せ」をして
警戒しつつ前の方を見ると 高サ二米餘りの堅固な土塀を造り 機関銃やチエツコ銃(※チェコスロバキア製ZB26機関銃)を持つた敵兵のおることが判つたのです。
(静かにぬきながら)
愈々 軍犬「朝日號」捜索によつて 敵陣状況が明かになつたのです。

⑬
午前五時ニ十五分突撃に移りまして 山中班長も軍犬も中隊の眞ツ先に進んで 「朝日號」も共に敵の陣地を占領いたしました。
(間)
我が突撃を受けなかつた左側の敵陣地より 突然「チエツコ」銃を猛烈にうつて来ました。

⑭
山中班長は五六發の敵弾を身に受けて倒れたのです。
軍犬「朝日號」は主人の倒れたのを見るや 上衣をくわえて―
(ぬきながら)
安全な處へ引き入れんと致しました。

⑮
(暫く絵を見せて)
山中軍犬兵は感極まつて―
「朝日號」を我が脇下に引き入れつつ―
(ぬきながら)
たける犬の頭を押へて自分の影にかくしたのです。
⑯
兵は犬を、犬は兵を、と互に敵弾をかばい合つたのです。
(長い間を置いて)
中隊長は之れを認めて 直ちに山中軍犬兵竝に「朝日號」の収容を命じた刹那
又もや飛び来た手榴弾は 山中軍犬兵の身を炸裂したのです。
人も犬も 身に手榴弾を受け 折り重なつて殪れたとみるや……
(ぬきながら)
突然 朝日號は起きあがつて―

⑰
敵の陣地を目がけて突入致しました。
(間)
今は瀕死の重傷を負ひたる 山中軍犬兵は自分の重傷をも忘れて
ただ「朝日號!朝日號!」と呼び續けたのですが 朝日號は隊へ帰りませんでした。
(静かにぬきながら)
あゝ!山中軍犬兵は病院へ収容せられて―

⑱
遂に壮烈なる戦死を遂げられたのです。
(長き間)
親の如く 子の如く
互に一身一体となつて、重大なる任務を果した山中軍犬兵の盡忠報國の精神は
平素の訓練と限りなき愛撫とによつて
軍犬「朝日號」の精神となりました。
(間)
忠勇無双の皇軍勇士と共に 軍馬、軍犬、軍鳩等も 大東亜戦争に喜び勇んで参加してゐます。
もの言はぬ馬や犬や鳩さへも 皇國のために兵隊さんと諸共に 火の玉となつて活躍してゐます。
我等銃後の一億も 互に肩を組み合つて
大東亜建設に邁進せねばなりません。

⑲
躍進日本の大使命であります。
亜細亜十億の人々を幸福になるやう
指導して行かねばなりません。
(力を籠めて)
大日本の明日の希望は満洲であります。
満洲へ!
満洲へ!
満洲開拓の戦士となつて
皇國日本の大発展に力の限り 根限り
奮闘努力致しませう。
(静かに抜きながら)
では皆さん 御一緒に―

⑳
御國の為に戦死せられた
兵隊さんをお社りしてある
靖國神社に對し
毎朝感謝の黙祷をいたしませう。
(第四篇 終り)
前三作は戦闘を生き延びた犬達の話ばかりだったのですが、第4篇だけは戦死した軍犬の話です。
敵勢力下へ潜入する斥候犬は、極めて危険な任務をこなしていました。
山中軍犬兵と朝日號の話は実話です。しかし、このように内地で報道されたものと戦地報告では内容に差異が見られます。
偵察中に中国軍の待ち伏せを受け、山中軍犬兵が被弾負傷したところまでは事実。
戦友たちの証言では「続く敵の手榴弾攻撃で、人犬ともに爆死した」とありますが、報道された時点で「朝日號が敵陣へ突入した」と脚色されてしまいました。
戦時中の武勇伝や美談には、このような創作も混じっているケースが少なくありません。鵜呑みにしないよう注意しましょう。
「軍馬、軍犬、軍鳩等も 大東亜戦争に喜び勇んで参加してゐます」あたりの記述もそうですね。
動物に大東亜戦争とやらが理解できる訳ないのです。彼等は、戦地へ連れて行かれた軍用動物に過ぎません。まあ、戦時中の児童向け紙芝居なので仕方ないんですけど。