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Channel: 帝國ノ犬達
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アイヌ猟師のヒグマ狩り・その3

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前回の続きです。
古来のアイヌ猟法ばかり注目されていますが、近代化が進んだマタギたちの話も興味深いですねえ。



〇阿久の受難
菊次郎
俺も隠居阿加が足腰立たない程負傷し、阿久が歯茎もろとも牙を取られた時ばかりは泣かされたからな。
幸平
兄貴でも涙が出るのか……(爆笑)
菊次郎
お前と違ふよ(爆笑)
幸平
おこるなよ、武夫からも聞いたことがあるよ。
傳法
之は珍らしい。菊次郎さんの泣いた話を聞こうぢやないか。
菊次郎
傳法さん迄そう冷やかすなら話すが、石田武夫、小山田政三の三人連れで定山渓の奥のサウス岳の南のヒツ(斜面)で、こんな所に熊など居そうもないと思はれる平な所を隠居阿加が盛んに嗅いでは雪を掘つてるが、其掘方はどうも只事の様子ではない。
その時阿久が遠廻しに探して居たが、阿久を呼んで見たら阿久も真剣になつて掘り始めた。この二頭だけは只の一度もいたづらにも無駄穴を掘つたことがないから、愈々熊と思つて杖を突込んでさぐつて見たが届かない。
傳法
杖と云ふのはエキムネクワと云ふ奴だね。
柴吉
そうです。六尺位あつて上が二股になつてるのです。あれは平素休む時などチヨイと立てゝ銃やテツカイシ(厚い綿の入つた手袋)を掛けたり、木にこの二股を支へて登つたりする重寶なものですよ。
熊が穴の中に居るなと思つた時は、之を突さして探つて見るが、仔を産むとか、仔を連れてる牝は牡より穴が深いですよ。
菊次郎
エキムネクワで探つたが、届かないから木の枝を切つて突込んでやつたら、たしかに手ごたへがある。
思ひがけない拾ひ物とばかり、皆一斉に鉄砲を下ろしたところ、熊の奴も御丁寧に雪を掘つてる様子。上から二頭の犬と下からあの凄い爪で熊が掘るんで、間もなく穴が空いたが、熊の奴、ニユツと手を出し鉤の様な爪で犬をヒツカケ様とするが、阿加と阿久は無茶苦茶に手に咬みつき、顔に飛びかゝるんで、鉄砲を撃つことが出来ない。
穴熊は穴から頭を出したところへズドンとやつてこそ此方の勝だが、飛出されては少し厄介だ。そのうちに阿加の奴、飛込んだのか引つかけられたのか穴の中にもぐり込んだと思つたら、阿久も飛込んでしまつた。
雪の中から物凄い呻り声が聞えて来たが、今出るか今出るかと三人一せいにねらつてると、ソレ出た。
ズドンとやると熊の奴、モンドリ打つて三間も飛出して荒れ狂つて、之も二發目を見舞はんで往生したが、之は大きいものでした。
柴吉
牡熊であつたな、あいつは。
菊次郎
マア八十貫はあつたらう。春先の八十貫は秋で百貫は大丈夫あらう。ところが立穴だから犬の奴が出れないんで、政三が中に入つてヤツと抱いて出したが、どつちも血だるまになつて居り、阿加は腰の骨をやられたと見えて腰がたゝず、右前足は折られ、肋も裂かれて動きもしないどころか声も出せない。
阿久は歯根もろとも牙をとられ、血を垂らし乍ら鳴いて、俺たちや倒れた阿加の廻りを廻つたり、熊の側に行つたりするのを見ては、大熊をとつた嬉しさどころか、可哀想で〃、あとの二人の手前も考えず、俺は声を立てゝ泣いてしまつたが、武夫も政三ももらひ泣きをした。帰りがけ阿加をおぶつて来たが、阿久が立止つては鳴くと、山に響いて今もあの時のことが思ひ出される。
之は嘘ぢやないぞ。武夫でも俺の弟の政三にでも聞いてくれよ。
幸平
此處のところは傳法さんが去年「犬」に書いてありましたね。
傳法
それから阿加は戦場に出ないんだな。此の場面は實際目に見える様だ。サウス岳はスキーで行くつてもチヨイとラクな山でないな。
菊次郎
傳法さんは冬山なら北海道の山は殆んど知つて居ますね。
傳法
マア大抵は歩いてる。しかし阿加は可哀そうなことをしたな。今年は十五かね。
菊次郎
そうです。私の片腕になつて働いてくれたんで、家で往生さしてやらうと思つて飼つて居ます。

〇熊の穴の水溜り
傳法

あれでも熊にかゝることを忘れないんだからな。去年の春、熊狩りの實演をやつた時、活動写真を写してるのに、隠居が飛出て来て困つたことがあつたね。
よく熊の穴の中は水が下つてるが、あれは熊の體温で、あんなになるんだらうね。
山川
そうです。春近くになつてからあんなになるんでないですかな。そうして又春先の穴なら判り易いですね。
穴の中の埃で雪が赤く輪になつて居るが、看板を出してるようなもんだ(笑声)
傳法
今度は一つ、失敗談を聞かして下さい。

(次回に続く)


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